餡子の行方

昔、チビ助二人組 3.

幹大を応援する、と豪語した風子だが、恋愛に秀でているわけでも何か秘策があるわけでもない。先週元気よく幹大に言ってのけた言葉は、酒の酔いも手伝って、何となく出来そうに思えたのに、こうして、また月曜日を迎えてみると、ミッツをその気にさせる、、なんてこと、、遥か遠くに浮かんでいる小船のように手が届かないようにも思える。思わず気持ちが弱気になりそうで、風子は、ブンブンと頭を振った。

「どうしました?風子先輩?」

隣の凛子がキーボードを叩く手を止めて、心配そうな瞳を向けた。凛子は平凡な顔立ちだが、やはり頭の良さや数字を見極める速さが言動に出ていて、余計なことを決っして言わない安心感がある。

「ね、凜ちゃんって、仲人したことある?」
「仲人、、、、」

おそらく、風子は言葉の杓子定規どおりの意味を聞いているのではないだろう。結婚する同士が、いく久しくと何とかと言いながら、昆布やら何やらわけのわからない贈り物の交換をして、その儀式を執り行うMCのような役割の仲人のことを、指して、『凜ちゃんソレしたことある?』と言っているわけではないと凛子はあたりをつけた。さすがにリケジョ、推理力もある。入社してから、隣で懇切丁寧に教えてくれる風子は大好きだが、ときどきその思考についていけないことがあった。その度に凜子は、聞き返す前に、風子の言葉を咀嚼して、彼女なりの答えをだすために頭がフル回転している。

「つまり、恋のキューピットってことですか?」

凜子の推理力恐るべし。そうなのだ、風子の言いたかったことがそこに凝縮されていた。

「うん。それ!」
「風子先輩、キューピット役に抜擢されたんですか?」
「うん、、、だけど、どうすればいいんだろう、、、」

すっかり考え込んでいる風子のキーボードの指先は、先ほどから止まったままだ。二人でコンビを組んで仕事をしている以上、風子が沈没してしまっては凛子の負担が増えてしまう。これはなんとしてでもエンジンをかけて、無事出航してもらわなくてはならない、そう凛子は悟る。

「先輩、今日、ランチしましょ?そのとき、対策を練りましょうよ!」

『バタバタバタ』 シッポの音が聞こえたかと錯覚するくらい、風子の顔はぱあっと明るく嬉しそうになった。冷静な新入社員といわれている木原凜子でさえも、思わず笑みがこぼれた。ヒトをほっこりさせるのは、きっと風子の天性のものだ。




*****

「もう風子じゃなければ、月曜日からなんてつきあわないんだからね?!」

就業通りに終わった風子は、何気なくミッツの所属する法務部に顔を出した。案の定ミッツは帰り支度をしていた。ここにも、後輩凛子と同じように仕事が出来る女が一人、彼女は滅多に残業はしない。そのミッツを捕まえて、風子は駅とは逆方向のカフェへと連行する。ガラス張りの明るいカフェは、道路沿いにもテーブルが置かれているが、今日は人目を偲んで、奥の端を陣取った。時間的にもまだ早いし、ここなら、会社の人間と鉢合わせする確率は低い。ここまでは、ランチをしながらもらった凛子のアドバイス通りに事が運び、風子はほっと肩の力を抜いた。

「風子のオゴリっていうから、じゃあ、赤ワイン!」

ニヤリと笑ったミッツだが、彼女はおそらく風子をからかっているに違いない。

二人の注文したワインとマテ茶 =飲めば痩せると信じている熱狂的な信者である風子の砦= を飲みながら、やおらミッツが話題の主導権をとった。

「なあに? 近衛兄このえあにのことでしょ?」

いきなり、奏の名前がでて、風子の胸がドキンとなった。これではミッツのペースになってしまう。

「恋焦がれちゃった? あれからずっと。アンタ残業で超忙しくて、話聞くチャンスなかったもんね? ん? どうした?何か進展あったの?」

どうやら、ミッツは、風子が奏のことでモンモンと悩んでいると思ったらしい。まあ、それも当たらずとも遠からず、、、

「連絡してみた?」

ミッツには、合コンの帰りの一部始終を話していたので、電話番号の交換も知っている。風子は、本当は何度も奏の名前を画面に呼び出しては、声を聞きたい衝動にかられていたが、勇気が出なかった。

「難しいよ、、、ショーニィだって連絡してくれないんだもん、、、」
「でも、近衛兄、連絡しろって命令調だったんでしょ?」
「うん、、けど、、あれは、きっと本気じゃないよ。」
「何で?」
「だって、、、佳つ乃さん、、いるし、、、、」

ミッツは何も言わずに赤ワインを飲み干した。すぐにフロアー係りを呼んで同じものを持ってきてもらう。

「まどろっこしいのは、わたしキライ! いいじゃない、少なくとも、近衛兄の妻ではないわけだし、その佳つ乃って女。」

ズキンと胸が痛んだ。妻、、、、そうか、いつか奏も結婚する。もしかしたら、それは間近かもしれない。もし奏が結婚してしまったら、、、

「風子、まだ何も始まってないじゃない? それに風子の気持ち自体もあやしいもんじゃないの?19年間、風子がずっと信じていたもの、突然、近衛兄と再会したから、急にテンションあがって、勝手に一人で盛り上がってるだけなんじゃないの?」
「、、、、」
「ただ、自分に言いように思い出の中で、近衛兄の残像がかっこよく生き続けてただけかもよ?数回会って話してみれば、夢破れたりぃ、なんてことは、世の中ザラだわ!ついでに聞いてみればいいじゃない?佳つ乃っていう女との関係を!」

ミッツは、スパンと竹を割った性格だから、そんな風に考えられるのだ。ましてや、人のこと、だからこそ冷静で正しい判断も出来る。確かに彼女の言っていることは正しい。聞いてみればいいだけ。簡単なことだ。けれど、だからといって、真実と向き合うのは、怖い、、それが心情というもの。その上、そんな簡単に奏に連絡出来るのなら、はじめっから悩むわけもない。いつだって風子はスマホをただただ握りしめ、気がつけば手の平がじんわりと汗をかいているのだから、ほとほと情けない話だ。

「ミッツは、ヒトゴトだからそんなこと言えるんだよ!」

つい愚痴っぽい声になってしまった。

「そうかな?わたしが風子の立場だったとしても、そうすると思うけど?」

忘れかけていた 後輩凜子のアドバイスが頭を過ぎった。



『風子さんの話だと、男っぽい性格のひとっぽいですよね?だったら回りくどいことは止めて、直球勝負がいいのではないかと思います。でもそれだけはっきりした性格なら、もし相手に興味がなければ、会う前に断られちゃう可能性もあります。だから、売り言葉に買い言葉で、彼女がうん、と言わざる状況に持ち込むのです。』



風子は、ミッツの名前を出さず、ただ会社の同僚に、一目ぼれした幼馴染を会わせたい!とだけ話した。勿論、 その“同僚” の キャラ、スペックは一応、作戦には必要だったため包み隠さず話したのだが、、、凛子は何も言わなかったが、おそらく風子と仲の良い同僚を頭に浮かべ、それはミッツではないかとあたりをつけているだろう。

風子の脳が、ここだ!突撃せよ!とアラームを鳴らす。

「じゃさ、も、もし、一回しか会ったこのない人に、もう一度会いたいって言われたら?」
「え?だって、近衛兄とはこの間が初対面じゃないでしょ?あんた達、幼馴染じゃないの?何、その唐突な例えは?」

確かに唐突だった。だが風子は砲弾にひるまず前進あるのみ。パンパカパーンと脳内ラッパが吹き乱れる。

「だから、もし、もしもの話で、もう一度会いたいって言われた場合は会う?」
「アンタ、合コンのメンバーの誰かから連絡もらったの?」

ミッツはあくまでも風子の話だということで、色々想像を巡らせていく。

「う、、うん、、、」
「だ、だれ?どこのどいつよ?え?」
「ここは誰、というよりも、、、やっぱり会ったほうがいいかな?」
「アンタ、その人のことどう思ったの?」

困る、、実に困った、、、ミッツは、現実に風子が、この間の合コンメンバーから連絡があったテイで話を進めている。風子にしてみれば、そんな人いないわけで、こうなると、どこの誰だかわからない、そのミスターXで話を推し進めていくしかない。

「どう思うって、、会ったばっかりだし、、、」
「じゃあ、やっぱり会いに行けばいいわ。もう一度二人っきりでしっかり会えば、きっと見えてくる。もう一回会いたいな、とか、2度とゴメンだわ、、とか、恋人には無理だけど、でも友人ならいいかも?とか、、、だから、会いに行けばいい!」
「ミッツならそうする?」
「うん、そうね。ま、わたしの場合は、アンタと違って、ここが効くから、、」

そういって、彼女は、自分の高いハナを人差し指でトントンと指した。透明色の光る爪が、きちんとトリミングされて目がいってしまう。

「だから、まあ、1回会えばその人なりがわかるし、自分がどうしたいかもわかってるから、興味がなければ次はないわね。」
「それでも、向こうがどうしても会いたいって言ったら?」
「だったら、会ってきっぱりと断るつもりで会いに行くわ。わたしだったらね?」

ビンゴ!脳内に花火がどおんとあがった。風子はニヤリと笑ってしまった。

「な、なに?風子、思い出し笑い?」
「じゃ、ミッツさん、よろしくお願いします。」
「へ?」
「善は急げと申します。これから渋谷のタンバリーナに行って下さい。」

風子は頭を下げた。ミッツは意味もわからず、ポカンとしている。口をあんぐりあけていてもミッツの顔は美しい。もし風子なら、完全に呆けた表情にしかならなかったに違いない。


凜子は、実に素晴らしい。『キューピッドは鮮度が命です。』という言葉にのっとり、先ほど、風子は、幹大にメールを出していた。


【ダメモトで、渋谷のタンバリーナ18時半、そこで待ってて。何とかミッツを説得するから。】

すると幹大から返信が速攻でやってきた。

【え?だけど、三ツ矢さんが、それでも来ないって言ったら?】

無理もない。ありそうなことだ。だが風子はほくそ笑んだ。

【大丈夫、あそこのカニピザ、一人で食べても美味しいよ(ハート)】

つまり来なければ、せめて美味いものだけでも一人で食べて来い、という何とも風子の乱暴極まりないキューピッドの助言ではあったが、結果がよければ全てよし。というわけで、無事、凛子の作戦通り、ミッツを言葉の罠にはめたわけであった。勿論、たとえミッツが、幹大に、はっきりと引導を渡すつもりで、会うことを承諾していたとしても、まあ、幹大との約束はとりあえず、半分以上は履行されたといってよかった。
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