餡子の行方
昔、チビ助二人組 4.
「はああ、、、、」
幹大のためにミッツをタンバリーナへ行かせるミッションを終え、結局風子は、いつものように家に直行した。23,4の年頃の娘が、19時過ぎの早い時間に、寄り道せずに帰ってくるのは情けない気もしないではないが、まあ、今日はまだ週始めだったし、家でのご飯が一番美味しいのは間違いなく、それだけで風子は人生の半分は満たされているといっていい。そして、残りの半分は、恋人がほしい!という切実な願いだが、これが満たされるには少しばかり長期戦。ならば、腹は減ってはなんとやら、美味しい甘酸っぱい香りが風子のハナをくすぐり、目がとろんとなっていく。
*****
甘くコクのある酢豚を堪能した腹をさすりながら、ドタンとベッドに重い体を横たえた。それからずっと風子はスマホの画面と睨めっこだ。画面にはいわずとしれた【ショーニィ】の文字。かけるべきか、かけざるべきか、、、何やらシリアスな小説の主人公のようだが、当の本人風子は、酢豚を食べすぎた後でかなり思考能力が鈍っている。スマホを抱えながら、ついついウトウトとしてしまう。
/ブルルル/
「きゃっ!」
ビクンとなって、スマホが手から零れ落ちた。床に落ちたスマホが、虫のようにグルルグルルと絨毯の上を揺れながら動いている。あわてて拾って画面を見た。
【メール受信中】
「んもお、びっくりさせないでよ。」
思わず独り言も恨みがましい。画面をタッチしてメールを引っ張りだす。現れたのは、【発信者幹大】。
【サンキュ。プー子!】
短いの文字の後、ハートマーク大行進となっていた。
「ふふふ。よかったね、幹大。」
思わずにっこり笑った風子は、今夜もまた奏に連絡するのを諦めて、明日のために眠ることにする。まだ、夕飯が消化しきれてないようだが、眠気には勝てない。奏のことはまた明日考えよう、一日一日伸ばしていく風子は現実逃避だ。佳つ乃のことだって今は考えるのをやめ、明日からダイエットをしようと心に誓う風子。誓った傍から、明日は、また笠丸屋のドーナッツを買って帰ろうなどと思いながら夢の中へと意識が消えて行った。
*****
「うっそでしょおおおおおお?!」
風子の口からミニ肉団子が零れおちそうになった。昨夜の幹大とのことが聞きたくて、うずうずしていた風子は、ミッツを誘ってランチに外へ出た。といっても、今日は、風子の母親が弁当を作ってくれたので、弁当を抱え、=哀れミッツはコンビニ弁当を抱え= 初夏の日差しが眩しい公園にと陣取った。
「相性って大事でしょ?」
「あ、あ、相性って、、、ミッツうううう」
幸い口から零れなかった肉団子をあわてて咀嚼しながら、風子は目を白黒させている。そんな展開は、まったくもって、風子は予測していなかったことだ。この爆乳超絶スタイルのミッツと、あ、あの、昔はコロコロと子豚のような幹大が、どうなって、あんなことや、あんなことなど、、風子は耳年増的頭でっかち妄想で、顔が真っ赤になった。
「あら?風子、あんた、すごいこと想像してる?わたしたちは比較的ノーマルだったわよ?」
ミッツはサバサバしているので、下ネタでもあまり厭らしくは聞こえないのだが、いや、今は昼間、しかも健康的な公園の昼下がりだ。あまりに =風子にとって= 刺激過ぎる話題に、風子はぶんぶん頭を振った。
「ミッツ、も、もういい!もういい!」
こういうところが何ともカワイイと、まったく計算されていない風子の態度に、ミッツはニヤリと笑った。
「風子?」
「へ?」
「アンタ、処女でしょ?」
一瞬間が空いた後、耳をつんざくような声が青空の向こうに広がった。
「ミ、ミ、ミ、ミッツううううううっ!!!!」
陸にあがった魚のように、風子は、息が出来ずに、ぱくぱくと口だけを動かした。さすがにミッツが見かねたらしい。
「わかった、わかった。この話、もう終わり。じゃ、今度は風子ね。」
「わたし?」
「そう、近衛兄と、どうなった?昨日こそは、電話した?」
昨夜は、、、何も、、、進展などない。いやあるはずもない、、、ぐうすかと爆睡してしまった風子だ。
「別に、、、」
ここずっと、家でもどこでも暇さえあれば、風子はスマホを握り、何度も何度も、画面を呼び出し、ショーニィの文字を見つめていた。けれど人差し指が画面に触れる勇気がない。何もしなければ何も変わらない。奏とのことなど進展するはずもない。そんな情けない自分に腹が立つ。腹はたつのだけれど、結局何も出来ずに、また画面を見つめるだけ、、そんな不毛のサイクル。普通ならかなりのストレスで、体重の1kgや2kg落ちていきそうなものだが、現実問題として、風子のフィジカルも何も変わっていない。悲しい限りだ。
「ねえ?まさかと思うけど、まだ連絡してない?まさかと思うけど、ずっとスマホを握りしめてるだけ、、とか?」
図星をさされたあんぐりマナコの風子に、ミッツの綺麗に整えられた眉があがり、いたずらっぽく笑った。
「風子、スマホ貸して?」
「え?」
「ほうら?」
ミッツは左手首の時計を確認するようにチラリと見て、まだ昼休みが終わらないことを確認したようだ。右手で、操り人形と化した風子の手からスマホを受け取った。すぐに、彼女はサッサッと画面をタッチしていく。ミッツの綺麗にトリミングされている爪が画面上で動きながら太陽の光を浴びて、きらきらと眩しい。
「はい、風子。」
いきなりスマホが戻された。だが、風子の目に飛び込んできたのは、画面には通話中となっていて、しかも、ショーニィの文字とともに通話ING。
<<もしもし、、?>>
くぐもった声がスマホから聞こえてきた。
「え、えええ?」
目玉が転げ落ちるくらい風子の目が見開いて固まった。ミッツはウィンクして、早く出ろ!とせっついた。
「も、もしもし、、」
<遅い!>
いきなり怒られた。
「ご、ごめんなさい、、、」
昔からの癖でとりあえず謝った。
<お前、連絡してくるの遅いだろ??>
「へ?」
<絶対にかけてこいって俺言ったけど?>
頭に火花が飛んでしまったように、風子は必死にヒートした脳みそで考える。電話をかけておきながら、ミッツとごちゃごちゃやってて、通話にでるのが遅い!と怒られたのかと思ったら、どうやら奏は、風子がもっと早く連絡をしてこなかったことを指摘したようだ。
「だ、、だって、、、」
言葉が出てこない風子に、有無を言わせなかった。
<俺、今週の金曜日、風子んち行くから。>
「、、、、、」
<おい、聞いてんのか?>
”風子んち”、、、とは、、風子の家のことか?もはや簡単な言葉の理解力すらも、焦げ付いた思考回路では危ういようだ。
「あ。うん。」
<じゃあな。>
/カチッ/
耳に当てたまま風子は茫然としていた。ものの数秒で終わってしまったやりとりに、さすがのミッツも心配そうに声をかける。
「近衛兄、シカト?」
「、、、」
答えない風子に、ミッツは奏への怒りがフツフツとこみ上げてきたようで、
「何様?いきなり切った?風子のことアシゲにしたわけ?」
この女は実に面倒くさい。自分で風子に色々しかけるくせに、第三者が風子に何かイジワルしようものなら、何はさておいても猛進して怒りの矛先を相手に向ける。前も、秘書課の逸子が風子の体形を雪だるまみたいで可愛いと称した。風子にしてみれば、そこまでズンドウではないという思いがあったのだが、逸子のイヤミはそこで止まらなかった。
『でも、雪だるまなら、春になったら、溶けてスリムになるのにねええ?』
意味ありげに笑った逸美の言葉にミッツが噛みついた。
『でも風子の肌は雪のように白くて7癖隠せるけど、炭のように黒いと肌がザラザラしてそう。』
当時ハワイから帰って来たばかりの逸美の焼けた肌を揶揄したミッツの毒舌に、逸美がきいいいいっとなった。あとは、ミッツ VS 逸美のバトルとなってしまった。雪だるまと言われ少しばかり傷ついていた風子が、最後は、この二人の制止に買ってでる羽目に、、、、
「近衛兄、、、ったく、許せん。近衛君、呼び出してやる!」
すでにミッツの怒りは奏を通り越し、今では幹大にも飛び火している。山火事が方々へと広がって大惨事になる前に、風子は両手をバタバタと振ってミッツをなだめる。
「ち、違う、ショーニィ、金曜日、家来るって、、、」
「え?」
「だから、週末に、、」
「何で?」
「し、知らない。」
「ふうん。」
風子だって突然のことで全くわからない。なんで来るのかなんてこっちが聞きたいくらいだ。ミッツはそのまま黙りこくった。風子だけが何故か沈黙に落ち着かない。
「ど、ど、どうしよ、、」
「残業しないように、頑張るんだね。」
いや、そこではない。勿論定時で即効帰ることは必須だが、風子の ”どうしよう” は、そこではなくて、奏が来るという事実をどう受け止めていいのかわからないのだ。けれど、ミッツは何も言ってくれない。ただ、
「さあ、仕事!」
左の腕を見せびらかせば、時計の針は後5分で昼の終わりを告げている。風子もそそくさと空の弁当箱をバンダナで包み始めた。
モドル |
餡子の行方 |
ススム
Copyright(c) 2014 Mariya Fukugauchi All rights reserved.