餡子の行方

突然の再会 1.

「うわあああ、お前、プー子じゃね?」

小見山風子(こみやまふうこ)の目の前の男が大きな声を出した。

(誰?こんな図体のデカい男、、、知らない。)

結局ミッツに引きずられるままに、合コンに連れてこられて、男子組とご対面。風子は初対面の人はちょぴっと苦手だから、いつものように出口傍に座った。本当は一番端に座りたかったけれど、ミッツが気を使ったのか、彼女が出口側の一番端に座り、その隣に座らせられた。男たち女たちのまだ慣れない、けれどテンションがあがっていく会話を耳にして、風子はその場の空気に慣れようと努力する。だが、生憎というか、幸か不幸か、風子とミッツの前の席はぽっかり空いている。そこに座るべき相手が仕事で遅れてくるらしいというのは、男側の幹事の弁だ。少しずつ注文したものが運ばれ、風子も場の雰囲気にほんの少し慣れた頃、いきなりやって来た大きな男が、躊躇うことなく、風子の目の前にドカリと座った途端騒ぎ始めた。とにかくデカい体で、顔は、まあ、それほど悪くはないとしても、その体に比例して声もデカかった。

「誰?あなた?」

風子は素直に疑問を口に出す。

「俺、俺、幹大、近衛幹大(このえかんた)だって!」

興奮したようにますます声を大きくしながら、自分の顔を指差す男。

「ええええええええええ、、、うっそおおおおおおおお、か、かんたあっ?!」

風子の驚愕の叫びは、幹太の声を上回った。風子の知っている幹大は、コロコロと横に広がっていて、いじめっ子で、、、けれど今、目の前の男は、がっしりとした柔道選手タイプの筋肉に覆われている頑健な体つき。

「なあに? 運命の再会とか?」

風子の隣に座っている三ツ矢蓉子(みつやようこ)、通称・ミッツの眉があがり、幹太をじろりと睨んだ。

「運命っていうか、幼馴染、カンタ!しかも口の悪い、、ね?」

風子の興奮は冷めやらない。それもそのはず、二人の再会は、なんと実に19年ぶり、奇跡だ。これが初恋の相手だったならば、本当にロマンチックな運命というところだろうが、、、風子がミッツに説明している間に、幹太のテンションもマックスで、いきなりスマホを取り出し、その太い指で画面を器用に動かしている。

「やっべえ、兄貴に早速報告しとかないと。喜ぶだろうなあ、、ウッシシシ。」
「え?」
「ショーニィ、ずっとプー子のこと忘れられないみたいでさ?」

面白そうに、そういうが早いか、幹大は大きな指先を器用に動かしながらスマホの画面を操って行く。

「な、なに?」

風子は久しぶりに話題にのぼる幹大の兄のことが頭をよぎった。風子や幹大より7つは離れている、あの端正な顔立ちで無口の少年を思い出した途端、胸がきゅんと痛んだ。その上、幹大の、意味深の言葉が妙に気になる。


―――― ショーニィ、ずっとプー子のこと忘れられないみたいでさ。


「ちょっと、近衛君!どういう意味?お兄さんが風子のこと忘れられないって?」

ミッツのナイス突っ込みが入り、風子の瞳がキラキラと光った。

=近衛奏(このえそう)= 幼かった風子も幹大も、ソウ兄ちゃんと言えなくて、いつもショーニィと言ってはトコトコと後を追いかけまわしていたわけで、、風子より7つ上だから、、ということは、現在、30手前。

「ああ、プー子って昔から可愛くてほっとけなくて、結構世話焼けてさあ、兄貴がいっつも面倒みてて、おしっこだってすぐ漏らしちゃうし、、」
「ちょっちょっとおおお、カンタ、や、やめてえええええ!!!」

合コンは、まだみんな会ったばかりで、男女間の会話がギコチナク流れていく空気に、風子と幹大の席だけがやたら盛り上がる。結局、他の人々の好奇心を煽り、みんな耳がダンボになっている。

「「うっそおおおおお?!」」
「かわいいなああああ、オモラシ??」

幹大は一応可愛いともフォローもしてくれたのに、何故か、オモラシ女、そこだけがフューチャーされてしまい、風子は知っている人や知らない人たちの笑いものにされていくのだ。いつものように、自分だけはイジワルしてもいいけど、他人から風子のことをアレコレ言うのを嫌うミッツが冷たいヒトコエを放った。

「自分たちだって、3、4歳の頃、もっとヒドイモン漏らしたりしてたんじゃないの?」

当たっているのかいないのか、一瞬あたりが静けさを漂わせ、再び、目の前の相手と話題に興じていく。かくて、また、風子と幹大の世界だけがここに出来上がる。

「いやああ、三ツ矢さん、おもしれえこというなあ。うん。おれ、ンコもらしてたなあ。だから俺の世話はしたくないってショーニィ言ってた。」

そんな告白も幹大ならサラリと言ってのける。そうだ、公園からの帰り道、ぷうんと風子のハナをついたドブの腐ったような臭いに、隣を見れば真っ赤な顔をした幹大の力む顔、、、おっと、これ以上はおそろしき悪夢の再現になるためと、風子は己を現実に引き戻した。

「「なつかしいなあ。」」

風子と幹大の声がシンクロして、思わず二人はぷっと吹き出した。

「ちょっと、二人だけの世界にいないでよね。わたしもここにいるのよ?風子?」

少しだけ機嫌の悪い口調で、それでもミッツは、目の前の皿のおかず、鳥の唐揚げとフライドポテト =いずれも風子の大好物= をとりわけて風子の目の前に置いてやる。

/ブルル/
「うわっ!兄貴返信はえええっ!」

幹大の驚愕の声。幹大が何とメールしたのか知らないが、どうやら奏から早速返事が来たらしい。風子は奏が何を言ってきたのか知りたいのはヤマヤマだけれど、そんなこと幹大に聞けるわけもない。一言でも奏の名前が口からでてしまえば、長い間底の奥に沈ませていた想いが一気に浮上してしまいそうだ。だから言葉を飲み込むように鳥の唐揚げを口に放り込む。少しだけ冷めた唐揚げは、それでも柔らかくじわ〜と肉汁が口の中に広がった。

「ふふふ。」
「あっはははっ!」

今度は同時ミッツと幹大が笑った。きょとんとする風子には何なのかさっぱりわからないが、風子の幸せな顔に、二人とも心がほっこりとなったらしい。

隣に住んでいた、7つ年上のお兄ちゃん、名前が呼べず、ずっとショーニィと呼んでいて、、、4歳の風子にしたら、もうすぐ12歳の近衛奏(このえそう)は大人に思えた。勉強もよくできて、背も高かったし、それに切れ長の澄んだ瞳はビー玉のようにキラキラしていて、風子にとって何でも出来る人間に思えた。4歳ながらにペラペラとしゃべりまくる弟とは違って、奏は、無口でほとんどしゃべらなかったけれど、でも風子が後ろを向くといつも奏と目が合った。切れ長の瞳が、ふと細められると、この上もなく優しい顔になった。そんなショーニィは風子の憧れでありヒーローであり、そして初恋の人。忘れていたと思っていた、いや、そう思いこもうとしていて、普段は毎日の生活でショーニィを思い出すこともなくなって、、だからもう大丈夫だと思っていたのに、、、風子の心の鎖はこんなにももろくちぎれて、パンドラの箱が開くように、簡単にショーニィへの想いが溢れ出てくる。

「で、まさかベタな話で、その幼馴染が19年ぶりの偶然の再会で、忘れていた恋心が再燃しちゃったとか?」

ミッツは鋭い。風子のことは風子以上に知っているのか、油断なく風子の一挙一動をくまなく観察しているようだ。その視線に、何だか奏への気持ちを見透かされたようで、風子はあわてふためいた。

/ぐっ/

から揚げが喉につまる。すぐに気がついた幹大が目の前の水を差し出して、ミッツは風子の背中をトントンと叩く。ミッツと幹大は今夜会ったっばかりだというのに、とろすぎる風子を接点に、何と言うコンビネーションを見せるのか。

「ぐ、ぐう、、、、ごくごく、、、う、、」

大きな瞳を白黒させて、胸をドンドンと叩いて、やっとの思いで風子は水を一気に飲み干した。喉を遮断していた違和感がするりととれて、空気が一気に喉に流れ込む。ほおおっとため息をついた。

「あああ、死ぬかと思ったああ。」

風子の目には涙が浮かんでいて、本当に死ぬ思いだ。だが、美味しいものには命がけの価値があるとばかりに、風子の箸は休むことなく、今度はフライドポテトを摘み上げる。

「本当、お前変わってない。19年ぶりで今夜会わなくて、例え町ですれ違っても、俺はわかる自信ありありだ!あっ、小見山プー子だってな?」

彼の意地悪そうな口元は、風子にしてみれば昔よく苛められていた記憶を掘り起し、思わず幹大に、これでもかというくらい頬っぺたを膨らませて見せた。

「ハハハ、ま、何だかホッとするよ。プー子。お前ちっとも変わってなくて。」

またまたイヤミなのだと思い、むっとした顔を幹大に向ければ、幹大の瞳が細くなって優しげに笑った。風子の胸がドキンとなった。ずるい。こんな顔は、まるでショーニィの笑顔、、こんなときだけDNAを発動させ、風子の心臓に爆弾を落とすとは、本当に憎らしい。昔から、風子と幹大はケンカしながら、子犬のようにじゃれあいながら、飼い主 =奏= の保護の下、転げまわって遊んでいた。




「で?風子、から揚げが喉に詰まった原因は?」

さすがにミッツだ。彼女は攻撃の手を緩めない。

「えっと、、よく噛まなかったから、、、」

風子は反省するように答えれば、すかさず第二の突っ込みが風子に襲いかかる。

「その噛まなかった原因が、今、ここにいる近衛君と関係あるんでしょう?」
「え?」

大きな声で驚いたのは、風子ではなく、幹大だった。

「三ツ矢さん、それどういう意味?」
「ん?つまり、お互いの気持ちが燃え上がってきた、、ってこと?」
「誰の?」
「だから、風子と近衛君の?」

ミッツは実に惜しかった。惜しかったが、それは風子の隠そうとする真実とは近いようでかなり遠い。風子と幹大は思わず顔を見合わせた。

「ぶっ!冗談っ!ぶあははははは!!」
「やめてよ!こんなデリカシーのない男と!もうミッツ、そういう変なことを言うと、もう明日から口聞かないからね!」

二人の思わぬ牽制にあうも、ミッツは、ふうんと意味ありげに眉をあげた。どうやら、彼女の頭には別の仮説が浮かんだようだ。だが、それ以上ミッツはこの話には触れなかった。

「ほら、ゆっくり噛んで食べなさいよ、風子。」

口が悪いのは愛情の裏返しなのか、どこか優しい響きがあって、ミッツは、まるで風子の姉のようだ。さっきから風子とミッツの顔を見つめながら、やがて幹大の瞳がミッツにじっと注がれていた。風子は、あれ?とばかりに幹大を見つめたが、目の前のから揚げにはやはり敵わなかった。今度はゆっくりと口にいれ、嬉しそうに咀嚼する。
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