餡子の行方

美味いもの・不味いもの 1.

/ピッ!/

「よし!」

思い通りにできた嬉しさか、ついつい声が出てしまい、またエンターをはじく指の弾みも力強い。PCの前で絶好調に風子が笑う。

「うわっ、風子先輩、最近、計算ソフト使いこなしてますね?」
「え?あ、凛ちゃん?!」

いつのまにか、背後から、凛子が風子のPCを覗き込んでいた。現在風子は、営業全体会議に使用する資料を作成中。今期、赤字見込みが予想される団体保険の予想試算と、それに代わる売り上げ増との比較計算表だ。これにあたっては、結構な関数と、簡単マクロを使用した、かなりできの良い作表となっている。勿論、作表の設計図を作るにあたり、奏に多大なるアドバイスをもらったものの、実際にそれを組み立て作表に起こしたのは、なにを隠そう =いや隠すことのほどでもないが= 成長した小見山風子の実力の賜物だ。凛子はさすがに計算ソフトに長けているだけあって、風子の表を見るや否や、それが今までの風子の実力からかなり上回っていることを即座に理解していた。

「まじ驚いてます。風子先輩、どっか教室とか通ってるんですか?」

『うふふ、』思わず風子の口から笑いが漏れた。ゲームの方は順調で、ブーちゃんもしっかり成長を遂げている。今ではすっかり、反抗期も過ぎたブーちゃんのステージだ。ティーンの頃は色々反発ばかりして大変で、その度にフードアイテムを見つけて食べさせるものの、ダイエットだとかで、アイテムを拒否されて、かなり困難な局面を迎えた。結構、難しい問題を解くことになった風子は、奏に叱咤され、叱咤され、鞭鞭鞭の繰り返し。ほとほと、風子も自信を失くしいていたあたり。けれど、ザラメのドーナッツアイテムだけは最強で、さすがのブーちゃんも抵抗できず、このアイテムをゲットして食べさせると、途端にブーちゃんは大人しくなった。お陰で、ヒントが出放題で、風子も理解しながら、問題を楽しくクリアすることが出来た。気が付けば、初期マクロまで使えるようになっていたとは、、、、ゲームのブーちゃん恐るべし、、、

「実は、計算ソフト用のゲームやってて、、、」
「え?うっそ?」
「ん?」

凛子の驚きがあまりに大きかったので、風子はびっくりした。

「それって、カマロ社の計算マーチ、っていうゲームですか?」

凛子は具体的にゲーム名をあげた。風子は首を傾げた。

「うんと、、、そういうんじゃなく、、」
「えええ?他にありましたっけ?」

凛子は珍しく執拗に食い下がる。

「あ、すみません、風子先輩、、実は、わたし、今、バイトしてて、、」

声を潜めた凛子だ。

「知り合いの子のカテキョーといいますか、PC関連を教えてるんですが、、、」

勿論会社は副業は禁止だが、まあ、おそらく凛子の場合、知り合いということで、ごり押しでもされたのだろう。金を稼ぐことを目的としているわけではなかったし、実際社内の業務に支障をきたしているわけではなかったが、そんなことよりも何よりも、鈍感な風子は、その辺はあっさりスルーだ。ただ、凛子の囁き声に、耳を傾けている。

「あまり出来の良い、生徒ではないものですから、、、色々、学習ソフトなどをあさってるんですが、いい教材がなくて、、、」

段々言葉を濁している凛子だが、言いたいことは、あのへっぽこ風子がここまで劇的に進歩を遂げた、そんなミラクルソフトが果たしてあるのか?凛子の知っている限りでは、先にあげたカマロ社ソフトすらも役立たずだった。いや、無駄な買い物だったというべきか。凛子が今請け負っている知人は高校二年生の男子だが、これが全くのPC音痴だ。けれど、腐っても今時の子で、ゲームは得意なのだから、本気を出して学べば、風子より出来るはずなのだが、、、、その、あの風子が、こんなにも成長したのを目の当たりにした凛子は、そんな魔法のソフトを是非手にしたい。風子のこれだけの模範例があれば、そのソフトさえ使えば、あのティーン男子の学習進歩も目を見張るものがあるに違いない。

「是非とも、教えてください!!」

凛子の切実な声が上がった。そこで初めて風子は、あのゲームのことを思い出していた。そういえばミッツからも、そんなゲームソフトは聞いたことがないから、どこで手に入るのか聞いてごらんと言われていたっけ、、、けれど風子は、結局、そんなことすっかり忘れていた。ゲームにはうとい風子だったから、奏の仕事の関係上、たまたま知っていたゲームソフトに違いないと、そんなことをうっすら思っていただけだ。けれど、あのゲームのお陰で、凛子すらも目を丸くして褒めてくれたのだから、風子としても悪い気はしない。最近絶好調な気がする。奏からもらったUSBは確かに功を奏しているのだ。ブーちゃんも順調に大きくなっている。ただ、、、最近のブーちゃんは変な言動があるのが、少しばかり謎である。

お年頃になったブーちゃんだが、一向にボーイフレンドが出来ない。フードアイテムを、ダイエットとかで拒否することもあった。そんなときの問題は、とても難問となり、風子は苦労する。すると、突如現れた『お助けボタン』。風子が押してみれば、こんなことが書いてあった。

【ブーちゃんの純潔をカゲヤー マー太朗に捧げてその見返りにヒントをもらう。】

つまり、ヒントの為にブーちゃんをカゲヤーに売ると言うことだ。最近になって、現れたキャラ、カゲヤー マー太朗は、ハイエナであり、やたらとブーちゃんにセクハラをしかけるキャラだ。風子だって、ここまで育て上げた娘のようなブーちゃんを、そんな最低なハイエナに売ろうなどとは毛頭思わないのだが、、、けれど、一度だけ、、、一度だけ、あまりの難問にどうしてもヒントがほしくて、ブーちゃんを売ったことがあった。


『ナムサン!』

風子がそう思ったかは不明だが、風子のマウスは、確実に、『お助けボタン』を押していた。すると、、、

【純潔は愛する人のためにとっておくべし!純潔を守ることは決して恥ずべきことでなし!】

何だそりゃ?風子は茫然としたりする。おそらく、このソフトは青少年のためのソフトだから、まあ教育的指導もあるのかもしれない、、と思いながら、結局、何のためのお助けボタンなのか、未だ謎が残っているのだった。

「風子先輩、絶対ですからね!」

凛子の声に風子は我に返った。

「わかった、凛ちゃん、今度、聞いてみるよ。」
「え?」
「あのね、実は知人からもらったの。USBで。」
「USB?!」

凛子は仕事中だということも関係なく大声をあげて、途端、周囲にひんしゅくをかった。

「あ、す、すみません。」

風子の座る後ろで、ばつが悪そうに凛子はみんなに頭を下げた。フロアーも少し驚いたようだ。それでも何事もなかったようにまた仕事に戻る。それもこれも、きゃぴきゃぴした女子大生が抜け切れない新人女子ではなく、入社当時から落ち着いていた凛子の声だったから、周囲も驚きを隠せなかったらしい。凛子はそれ以上、風子に質問をしなかった。USBのゲームがどういうことか、風子にはわかっていないと判断したからだ。その意味は、違法にDLしたか、ネット上から買ったゲームか、、、、だが削除法でいけば、凛子が知っている限り、国内外のネット上のゲームで、計算ソフトを基本としたゲームはないと言ってよい。たとえば、スペリングの速度を極めたり、単語のノウハウを競ったりするもの、そんなオンラインゲームは多種多様だが、優れた計算ソフトゲーム =風子の画期的な学習進歩が臨まれる= そんなゲームはお目にかかったことがない。そうなれば残された選択肢は、ひとつだけだった。

「風子先輩、絶対にゲームの出所でどころ、聞いてきてくださいね?」
「あ?うん、うん。」

風子の安請け合いの返事に、凛子が風子のハナに人参をぶら下げた。

「ナイスな情報だったら、風見鶏バウムクーヘン、わたし、絶対に並んで買ってきますから!」

すると風子の瞳がキラキラ光る。凛子はしめたと思う。かくて、風見鶏バウムクーヘンが風子の記憶貯蔵庫に流れ込むと同時に、キーワード、ゲームというワードも一緒に保存されるに違いない。案の定、風子の返事は元気がよい。

「任しといて!週末、聞いてみるからね!凛ちゃん!」

来週はどうやら、風見鶏バウムクーヘンが食べられそうだと風子はむふっと皮算用だ。ああ、人生は素晴らしい。彼氏がいなくても、奏に愛されていなくても、世の中には美味しいものであふているではないか、、、、それだけでは、少し切ない気もするが、風子はとりあえず、金曜日には奏に会える!すでに習慣化となっているこの幸せに思いを寄せることにした。今週も絶対に来てくれる。そう風子は断言出来る。奏の風子訪問は、風子の計算ソフト上達にあり、最近、チョクチョク、あのUSBを奏は持ち帰ることが多いのだ。先週も、奏は言った。



『おい、これ、また持ってくぜ?』
『うふふ、ショーニィ、わたしの実力が急にレベルアップして、ブーちゃんの成長がメキメキして怖いんでしょ?』
『、、、まあな、、、』

反論もせずに彼はUSBを与かった。風子は、奏がUSBを与かる真意を知らない。知らなさすぎる。風子にしてみれば、あまりに最近の風子の進歩に奏が少しばかり悔しくなったのか、USBを与かることで、その間、風子にゲームをさせないという暴挙にでたのではないか。つまり、風子がゲームに励んでもらっては困る =これ以上ソフトに長けてしまうと奏がぐうの音もでなくなってしまう= とノーテンキの女はそう思っていた。少しばかり小気味いいではないか!風子はまさに天にも昇る気持ちだ。

だが、、、、人生、、、楽しいことばかりは続かない。その日、夕方、すぐに、1通のメールで、風子のモヤモヤの渦が胸いっぱいを占領し、憂鬱な気持ちになった。


【件名:会いましょう!】
発信者は、風子がすでに登録済みの佳つ乃。

【発信者:佳つ乃さん】

【忙しいんだけど、水曜日何とか時間を作るので、バイキングに行きましょう。奢るわよ。(笑いの絵文字)】
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