餡子の行方

降ってわいたハプニング 1.

【風子、ふふふ、ラッキー情報だよ!!!】

昼前、PC画面に、いきなりチャット画面がポップアップされた。ミッツからだった。風子は一応周りを見回し、カチカチカチと入力していく。

【どうしたの?】
【ちょっとすっごいニュース!】
【なに、なに?】
【とにかく、絶対に風子が喜ぶこと!近衛君に感謝するわよ!絶対に損はさせないから!今夜集合ね!】

そこで風子の指がとまった。今日、、、金曜日、、、未だ奏から連絡がこないところを見ると、おそらく、いつも通りに風子の家に来るつもりなのだろうか、、、会いたい、気持ちは募る。それを知っているのにミッツが連絡しているということは、そのすごいことは大仰でもななんでもなく、本当にすごいことなんだだと風子は理解した。

【わかった。昨日休んじゃったから即効で帰るのは無理だけど、7時くらいには上がれそう。】
【OK、それで大丈夫だと思う。ごめんね。今日、近衛兄このえあにと会える日だったのに、、じゃ、7時に、いつものカフェで待ってるね。】

チャット画面が切断された。風子はスマホを出して、風子の持てる限りのスピードでメールを打った。

【ごめん。ショーニィ、今日、緊急用件が出来てしまったので、特訓お休みします。ごめんなさい。】

送信ボタンを押した。

その日、仕事が終わるまで、奏からは何の連絡も入らなかった。忙しくて、まだ風子のメールを読んでないのか、それとも、今日は行く必要がないことをあっさり了解したのか、、、その辺も全くわからなかった。





*****

「あっ、風子っ!ここ!ここ!」

風子がキョロキョロしていると、奥から声がかかった。いつものカフェは、8割方女子OLで賑わっていた。その中でヒトキワ目立つカップルが、カウンターが並ぶすぐ横のテーブルで、風子に手を振っていた。思った通り幹大も一緒だ。ミッツはやっぱり夜が似合う女だ。派手な顔立ちと、白いブラウスの清楚さが何となくギャップで、彼女は意識をしていないのだろうが、そのギャップがどうもエロい。案の定、隣に座っているガタイのでかい男のハナの下が伸びきるだけ伸びきっている。

「よっ!」

満面笑みでニカッと笑った幹大に、風子は何故だかイラっとした。

「ちょっとお、何?マジ、下らないニュースだったら怒るからね?幹大?!」
「へ?」

豆鉄砲の図である。現状を把握できないと言わんばかりに幹大は口を開いたまま、固まっている。いや、チロチロとミッツを見たりもしていたが、、すかさず、ミッツが風子に声をかけた。

「まあ、まあ、風子、まずは座って?」

ミッツと幹大が並んで座っていたので、風子はミッツの前に腰かけた。

「実はね、すごおおおおい、お得情報!」
「え?」
「この間の合コンで、景山君って覚えてる?」
「あ、、えっと、、」、
「ほら、真ん中へんに座っていた華奢な男子。」

風子は、上を向いて、必死にあの夜を思い出す。あの日は、幹大という予期しない再会があって、他のメンバーを記憶に刻む余裕がなかった。だが、途中から幹大がやって来るまで、確か、真ん中あたりにいた細身の男が、ミッツと風子に気を使ってくれていたような気もする。

「あ、あの、から揚げのオーダー入れてくれた人?」
「そうそう!」

ミッツの顔がぱあっと明るくなった。

「その彼のお手柄でね、今夜、ホテルニュー柿谷でね、8時半から10時までの、、」
「ええええ?!うっそおお、まさか、バイキング?!」

さすがに風子だ。ミッツの言葉を最後まで言わせない。というのか、食べ物のカンは異常に鋭い。

「ビンゴ!」
「うっそおおおお?」
「嘘じゃないわよ、景山君ね、営業なのよね?」

ミッツが、口をあんぐり開けている幹大に問いかける。

「あ、、あああ。」

確かに景山は営業だが、その景山とニュー柿谷ホテルが関係あるとは、幹大だって初耳だ。ニュー柿谷ホテルとは、日本でのトップ3豪華5つ星ホテル、帝東ホテル、リコスホテル そして、ニュー柿谷、と、それはそれは、下々の者が気軽に宿泊など出来ない、質も価格も超一流のラグジュアリーホテルだ。だが、庶民はそれでもホテルを利用したい、それが本音。となれば、バイキングなどを打ち出して、少しでも庶民の皆さまにホテルに親しんでいただくためにもホテル側も採算をチンジャラジャラと計算して、バイキングで還元している。このトップ3ホテルのバイキングが今や大人気なのだ。特に中でも、ニュー柿谷の幻のローストビーフと呼ばれた、松坂牛のトンビと呼ばれる希少部位でグリルされた赤みのビーフは絶品だ。これは、さすがの風子もまだ食べたことがなかった。

「か、景山君って人が、ち、ち、チケット入手したってこと?」

風子の声がヒックリ帰った。ニュー柿谷のバイキングは、この幻の肉が話題を呼んで、今ではバイキング予約チケット制になっている。半年先まで予約がいっぱいで、風子も何とかチケットを入手をしたいと思っていた、そんなタナボタの話。恋する乙女でも、トンビには勝てない。さすがに風子だ。トンビの前では、一瞬、奏のことが頭から消えた風子だった。

「そういうこと。ただ、彼、8時近くまで仕事が終わらないから、ここで待ってて言っているらしいの。ね?そうだよね、近衛君?」

ミッツの声に引きずられるように、幹大はこくこくと頭を縦に振った。どうも、不自然な幹大の態度だが、幻のトンビの前で、風子がもはや疑うはずもない。

「じゃあ、ここで待ってればいいのね?」

疑わない真っ黒なくりくりとした瞳を真摯に向けられ、さすがのミッツもドキリとなった。幹大はさっきから汗が止まらない。

「み、三ツ矢さん、俺いつ景山が来るって、、」
「しっ!」

いきなりミッツに呼び出された幹大は、先ほどメールをして、風子がここにいるという旨を、=ミッツに半ば脅されて、なすがままに書いた文面で= メールで送信したことは送信したが、その宛先は景山ではない。送信相手は当然、、、、その上、文面はミッツに言われたままに打ったから、今ひとつ理解不能。




【ショーニィ、影山に誘われて風子が承諾。それを説得するため、今カフェ・デ・カフェ(住所記載)で風子を待ってるところ。取り急ぎ知らせとく。】





*****
「幹大っ!」

カフェに集まっている女子たちが一斉に息をのんで注目をした。それは、声の大きさだけではなく、その男の美しい容姿に、みんなの目が奪われたからだ。

「ショーニィ?」

風子はあんぐりと口をあけた。何という偶然だ。奏はどうやら会社仕様で、銀縁のメガネと細身のスーツで、多少疲れた様子に見えるが、どんどん、こちらに近づいてくる。風子の瞳に映った奏は、シャツの第一、第二ボタンをあけて、ネクタイの結び目を少しだけゆるめていて、一見だらしなさそうに見えるその姿も、彼がすれば、いつもよりワイルドで、憂いを帯びたエリートリーマンのようだ。周囲も騒ぎ始めているのは、女たちの目が奏にロックオンされているからである。

「ちっ、何だよ、ショーニィ、いつ見てもかっけえな?」

弟のくせに兄自慢とは、なんともはやだが、それが真実だから、しかたもあるまい。だが、そんな愛すべき弟を無視するように、奏は、風子の横へとまっすぐにやって来た。

「ど、どしたの?ショーニィ。」
「、、、、」

奏が怒っているように見えた。もしかしたら、今夜のPC特訓のお休みメールをまだ見ていないのかと風子は思い直した。

「あ、あの、、メールお昼に出したけど、、見てない?出張で忙しかった?あ、あの、、」

しどろもどろの風子に奏がギロリと睨んだ。

「で、お前は、ここで何してるんだ?」
「な、、何って、、あ、、あの、、、」

風子があわわとなっていて、その向かいで、幹大にも伝染したようで、彼もあわわとなっていた。役に立たない二人に変わってミッツが助け舟をだした。

「こんばんは。近衛君のお兄さんですよね?わたし風子の同僚の三ツ矢です。」

奏に向かって堂々としたミッツに、奏も軽く会釈を返した。

「わたしたち、ここで景山君っていう近衛君の同僚を待っているところなんです。」

ミッツはやけに ”か・げ・や・ま” という名前に力を入れて言ったように聞こえた。奏の体が硬くなった。

「風子が一人だとアレなので、わたしたちも一緒に彼を待っているんですが、、景山君にきちんと話しておこうと思って、、、」

奏は風子に向き直った。

「お前、そんなやつのために、PCの特訓休んだのかよ?」

正しくは、そんなヤツのためではなく、そんなヤツが持ってくるバイキングチケットのため、に今夜は特訓を休むのだ。だが、、、それにしてもミッツの言っていることは何だか変だ。さすがの風子も少しだけ首を傾げた。だが、風子が無言なのが、奏の質問を肯定しているかのようで、奏は益々怒りのボルテージを上げる。

「お前、そんなに、、あれか? 情けねえ、、、」

奏が吐いて捨てるよう言った。自分の食い意地を馬鹿にされたようで、風子はむっとした。

「ショーニィにはわかんないんだよ!どんなに大切で、貴重で、、、みんなだって、きっとわたしと同じ気持ちだと思うもん!」

奏は知らないのだ。ニュー柿谷ホテルのバイキングがどんなにすばらしく夢のような美食の皿が並ぶのかを、まったく理解していないのだ。

「おい、幹大、カゲヤマに言っとけ!一生、無理だってな?」
「「へ?」」

風子と幹大の間抜けな声があがったと思うと、風子の体がぐいっと上に立たされた。力にまかせに椅子から彼女の体が立ち上がった。大きな手でむんずと掴まれたまま、風子はぎょっとする。ミッツと幹大を無視するように、奏は何も言わず風子の手をにぎったまま、ずんずんと出口へと向かっていく。体がつんのめりながら、それでも、風子は悲鳴をあげた。

「ええええ?!だ、だって、景山君がまだっ!きゃっ。」
/ドン!/

奏は急に足を止めた。大きな背中に、風子は勢いよくぶつかってしまう。くるりと奏が振り向いた。

「お前、そんなにカゲヤマってやつがいいのか?」
「だって、景山君だけだもん、そんなこと言ってくれたの。初めてだもん!いきたいの!」

「イキタイ?」

銀縁の奥に潜む奏の瞳がきらりと光った。風子はぞぞっと背筋が凍る。何だか知らないが、本当に本当に奏は怒っているようだ。

勿論、風子にとっては何のこっちゃの話だが、本来の奏なら、風子との会話の違和感に気づくべきなのに、、だが、まったく怒りとはおそろしい。当然、矛盾に気が付くべきが普段の冷静な奏だというのに、、、彼はそのまま怒りを降臨させ、引きずるように風子を連れて、タクシーに乗り込んだ。


「そのまま直進してください。」

奏は有無を言わせない口調で年上の運転手に中途半端な行き先を告げた。だが、運転手は、何も文句を言わなかった。

「ショーニィ、、、」

奏は、腕組みをして、薄暗い中で、前をじっと見据えていた。狭い車内で、奏の威圧で風子は窒息しそうだ。こういうときは、黙っているに限る。奏を怒らせたときは、まずは、しのごの言わず、とにかく黙る。幼い風子と幹大が学習した知恵だった。悪いことをした覚えはないが、とにかく、奏が何かをしゃべってくるまで風子の唇はむんずと閉じられた。怒られるとしたら、今夜のPCの特訓を休むといったメールの行き違いくらいしか考えられなかった。

「お前、どこ行くつもりだった?」
「へ?」
「景山って野郎と、どこに行くつもりだった?」
「え?ああ、えっと、ニュー柿谷ホテル!」

風子は自信ありげに声を出した。だって、あのニュー柿谷ホテルだ。さすがの奏だって、これで風子の気持ちがわかるに違いない。だが、、

「ホテル?」

奏の眉があがった。眉間にシワがよっていた。薄暗い車内でも、奏のメガネ越しの瞳に冷たい光が浮かぶのがわかった。

「運転手さん、すみません。行く先、、ホテルニュー柿谷でお願いします。」
「かしこまりました。」

「え?」

風子は、奏に微かな期待を寄せた。もしかしたら、奏は、ニュー柿谷のバイキングチケットを持っているのではないか、、、PCの上達は遅いと佳つ乃にイヤミを言われたものの、風子は風子なりに進歩したという自負はあった。それを知っている奏の飴と鞭の、極上の甘い飴に値するのではないか?これが風子の武器でもあり、甘さでもある。何とも自分のいいように物事を考える。おそれいりやのなんとやら、でと言わざるおえない。期待に胸を大きく膨らまし、黙って奏の様子を見守っていたが、タクシーがホテルに着くや否や、奏は扇の間 =バイキングがあるサロン= を無視し、フロントに直行した。
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