餡子の行方

シタタカナ女の独白 2.

そのうち、予想外のことが起った。さやと奏が付き合うことになった。それは一年生の夏の終わりの頃。

『もう夢みたい!佳つ乃のお陰よ。』

嬉しさを隠さず満面笑みのさやに、わたしはひきつった笑顔を返した。

『そ、そんなことないよ、、奏って、さやみたいなかわいい子好きだから。わたし前から二人が付き合えばいいなって思ってたから、、、』
『ああ、佳つ乃ありがとう!』

さやがわたしに抱きついてきた。ちょっと暑苦しいんだけど?晩夏とはいえ、肉が厚すぎては、いまだこの暑さには堪える。何だからイライラした。けれど、それをわたしは絶対に奏の前で出してはだめ。

『ねえ、奏、これだけは、はっきり言っとくからね?さやを泣かせないでよ!』
『は?何だよ、それ。』
『さやと付き合ってるんでしょ?』



『まあな。』

間をおいて答えた奏の言葉に、胸がかきむしられるほど痛く切なかった。こんな気持ち、知らなかった。醜いドス黒いモヤがわたしの心を覆い尽くしていく。それでもわたしは笑顔をたやさなかった。

『いい?今までつきあってきた女たちとさやは絶対に違うんだからね?!軽い気持ちなら手を出さないでよ。あの子、純粋なんだから!手出すなら、結婚するくらいのそんな気持ちでいてよね?』
『は?』
『もう母親のような心境なんですからね?!彼女は奏が全てなんだから!』

言葉で奏にプレッシャーを与えた。つまりさやは厄介な女だということを彼に知らしめる。セックスをしたら最後、独占欲で奏を縛ろうとするに違いないということを含めて、彼にたたみかけた。けれど、奏は、わたしの言葉など、どこ吹く風のように、軽く受け流していた。やがて、さやから、聞きたくもナイ情報が入って来る。

『近衛君、超、キスが上手いの。もう蕩けちゃった。』

キスのことを真っ赤な顔で報告していたくせに、さやは意外に淫乱女で、奏を巧みに誘い、半月もしないうちにベッドへと引き込んだ。


『もうすごいの、彼。サイズも大きいんだけど、、、』

はしたなくゴクリと生唾を飲みこんでしまった。

『でもね、テクがすごくて、わたしこんなセックス初めて。何度もいかされちゃう、、そのくせ、彼、なかなかイカナイノ、、、きっとわたしのこと大切にしてくれてるんだと思う。わたしをいつもいつも気持ちよくしてくれるんだもの、、、愛撫もうまくて、彼の大きな手で胸を揺すられると、もう、それだけでいっちゃいそうになるの。』

この女の口を接着剤でつけてやりたい!さやは、自分がEカップあると言っているけれど、それは単なる肉の塊にしか過ぎない。それをエロい体だと誤解しているバカ女だ。わたしの胸だって、結構に張っている。Cカップだし形なんて、さやの垂れたおっぱいよりも抜群にいい。今までの男たちからのお墨付きだもの。ふふふ、スタイルには誰よりも自信がある。だから、奏が、こんな女で満足するわけがない。

わたしの思惑通り、秋には、真っ赤に目を泣き腫らしたさやを前に、わたしは心にもない慰めの言葉を吐いていた。

『うっ、、うっ、、、近衛君、、優しいけど、、、わたしのこと好きじゃないのよ、、っていうか興味すらないんだわ、、』
『そんなことないよ、さやといるとき近衛君嬉しそうにしているじゃない?』
『嘘よ!わたしが男子といてもヤキモチも妬かないし、それどころか、彼の周りにはいつも女たちが群がっているし、、、それを言ったら、彼、、彼女たちは何でもないし、、俺にとってどうでもいいし、、って、、、うっうっ、、』
『だから、そんな女たちは無視しなさいって言ったじゃない。彼にとっては、どうでもいい人たちなんだから。さやは彼の特別でしょ?』
『違う、、わたし、わかっちゃったんだもの。近衛君、本当は佳つ乃のことが好きなのよ。』
『え?』
『だって、佳つ乃といる近衛君よく笑っているし、楽しそうにしゃべってるし、、』

あたり前じゃない。そんな思いが胸を駆け巡る。アンタみたいなデブとわたしは所詮違うんだって。近衛奏を射止めるのは、このわたし。最初で最後の女になるんだから、わたしは!

『わ、、別れようって言ったら、、近衛君、、君がそうしたいならって、、、最後まで優しかったけど、で、でも、それは、、ただ優しいだけで、わたしのこと、、本当に好きじゃなかった、、、うっ、、うっ、、、』


さやの泣き言は煩わしかったけど、そのうち、さやはわたしと奏がいるところが気まずいのか、彼女の方から距離を置くようになった。2年になったときは、すでにさやと話す機会もなくなった。そして、わたしと奏は相変わらず友だち同士のままだったけど、確実に距離が縮まってきていた。



『そういえば最近、ツノ、忙しいんだ?』

ある日唐突に奏からそんなことを聞かれた。わたしは内心ニヤリとなった。さやと別れてからの奏は、女遊びというか、どうでもいい女たちの取り巻きと距離を置くようになった。人望の厚い彼の回りには相変わらず友だちは群がっていたけれど、女とは一線を置いているように見える。ふふ、勿論、わたしだけは別格だ。それで、少しだけ二人の関係を変えようと、ここのところ前からコクラレテイタ見た目のいい男と付き合うことにした。別に、その男が好きなわけじゃない。わたしがいつまでも奏の傍にいるわけではないことを、彼にわからせるつもりで、その男とはつきあっているだけ。

『あ、うん。矢島君と、、付き合ってるの。好きだって言われて、、、わたしもやっと勉強の方も一区切りついたし、、、折角告白してくれたんだから、その気持ちに応えて見ようかなって?』

とびっきりの幸せそうな笑顔を振りまいた。

『ふうん。』

奏は表情を変えなかった。彼の心の動きは全く読めない。矢島君に妬いているのだろうか、、、いや、まだ彼は自分の本当の気持ちに気がついてないんだわ。わたしを憎からず思っている気持ち、、、女としてのわたしを求めていることを、、これがきっと良いきっかけを生んでくれるはず。わたしは確信していた。

矢島君とは、体をあわせた。セックスはキライじゃないし、彼はそこそこ上手かったから、気持ちもよかった。けれど、わたしの本命はいつだって奏だ。奏に抱かれることを考えるだけで、下半身が疼いてくる。さやの言っていた彼の抱き方や愛し方を思い出すだけで、体がほてって熱くなる。そのほてりを沈めるためにも、矢島君とのセックスは都合がよかった。けれど、心は寒々としていた。だから、矢島君は怒り出す。

『佳つ乃、お前、近衛ともう会うなよな?!』
『なあに妬いてるの?』
『当たり前だろ!近衛も狙ってんのに、決まってるだろうがっ! 』

ヒトを束縛しようと思うなんて、バカな男だけれど、、でも、、ふふふ、第三者の矢島君が奏に関してはそんな風に言うってことは、、、やっぱり嬉しい。だって脈ありって言ってくれてるわけだし、、奏に嫌われてるとは思わなかったけど、果たして女とみてくれてるのかどうか、自分でも半信半疑だったから、、、、何となく自信が沸きあがるわ。バカな男も時には役に立つ、、矢島君とつきあって間違ってはいなかった。

『やめてよ、彼とはそんな関係じゃないもの。大切な親友よ?』
『近衛もおんなじこと言っていたけど、男と女に友情が成立するわけねえだろ?そんな絵空事っ?!ましてやお前みたいなエロい女に勃たねえ男がいるわけない!』

笑いが止まらなかった。奏だって男なんだもの。きっとそう思っているに違いなかった。心にとめどない喜びが込み上げる。けれど、目の前で烈火のごとく怒っている男は、ウザかった。

『別れよう?わたし、もう矢島君と付き合うの疲れちゃった。』

すったもんだしそうな勢いだったけれど、何度も別れを切り出す経験を持つわたしにとっては、矢島君をあしらうのなんて容易いこと。結局、すっかり縁も切れて、奏の傍にまた戻った。奏はきっと内心喜んでくれているに違いなかった。だから、、、2年の終わり、わたしが動いた。

『奏、、、あのね、、、、わたしのこと抱いて、、くれる?』
『え?』
『何だか、、自信がないの、、矢島君に、、その、、、セックスのことでなじられちゃって、、、わたしってそんなに魅力ないかしら?』

上目使いで、瞳を潤ませる。近眼のわたしの武器。これでどんな男でも落としてきた経験があるんだもの、奏だって、、きっと。

『こんなこと、恥ずかしくて誰にも言えないんだもの。奏だったら親友だし、、きっと、、、抱いてくれるだけでいいから、、わたしに自信を持たせて?』
『え?』
『お願い、、』

ここまでして落ちない男はいない、、、はずだったのに、、、、

『ツノ、俺、、友だちは抱けないし、、それに矢島の言う事なんて気にするな!どうせツノの外見だけを見て寄って来た野郎なんだし、、お前はお前だ、気にするな。』

まるで、空気を吸うように、サラリと交わされた。ショックだった。立っていた足元が、ガタガタと震えた気がした。

『あ、、でも、、奏、、』
『ところで、この間ツノの言っていた日高教授が書いた本、見つけたぜ!ほら?』

奏はもうこの話は終わったと言わんばかり。でも、それはわたしを傷つけないようにしているのかもしれない。きっとまだ、実が熟してないんだ。奏は、大切な女は絶対に大事するタイプだ。ただ今まで、そんな女が現われなかったから、流されるままにつきあっていただけ。彼の心に入り込めば、きっと奏はその女を手放さないだろう。彼のそばにいてわかったこと、彼は沈着冷静で、クールだし、言葉が少なくて誤解されることもあるけれど、実はかなり情の深い男だ。だから、彼が全身全霊をかけて愛する女が見つかれば、奏はおそらく一途なはずだもの。そうよ、まだ、時が来てないだけよ。わたしたちの間には、確実に実は育っている。その実が例えゆっくりだとしても、熟するのを待っていればいい、、ただ、それだけのことよ。
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