餡子の行方

ドーナッツは二番目に好き 5.

「ぎょへえええっ!!」

カエルがつぶれたような声をあげ、風子はガバリと布団を頭からひっかぶった。昨夜のことが大行進して風子の頭をこれでもかこれでもかと邪魔してくる。抱かないって言ったくせに、、、いや正しくは、風子さえ承知なら結婚前提で抱くと、奏は言っていたのだが。昨夜は、この間よりも、、、、恥ずかしかった。奏に、あんなところ、そんなところを舐められ、吸われて、真っ赤になった体を揺すられ、何度も何度も快感の波に流された。風子が声を押し殺すと、奏はイジワルして、すでに知り尽くした風子の甘い蜜の中を刺激する。するともう我慢ができなくなって、声がでてしまう。お陰で声が枯れてしまった。何度も何度も声をもらし、最後はもう何だかわからなくなるまで狂わされた。だから、先ほどの叫びも、本当のところ語尾は掠れてしまって音にならなかった。まったく、ビギナー相手に情けを知らない男、いやそれとも、独占力のなせる業か。

何が恥ずかしいって、普段はブッキラボウで口数が少ないし、悪態もつく奏が、あのときばかりはこの上もなく優しくなって、そして、風子が耳まで真っ赤になってしまうことをすぐに耳元で囁くのだ。

『声をあげて?もっと。』

『気持ちいい?』

『ん?嫌じゃないだろう?』

とかとか、普段の奏なら、どの口が言うというくらい、あまああああああああいい!そんなささやきを耳元で吹かれる。すべての産毛がゾクリとさざなみ、そしてきゅんと下腹部が痛くなる。そのたんびに、奏からは、『そんなに締めるなよ』 などと言われてしまう。その上、どんなに激しく抱かれても、何度も何度も焦らされて風子の翻弄を楽しんでいても、必ず奏は最後には優しく聞くのだ。

『大丈夫か?風子?』

こんな優しい言葉を吐く男、しかも色気をダダ漏らしながら甘い顔で見つめる男、こんな男は風子の知らない奏だ。

(シ、、ショ、ショ、ショーニィは、恐らく、え、、Hの最中、何かに取りつかれてる、、)

などとナンセンスなことを思う風子なのだが、そう思いたくなるのも無理はない。ギャップといえば聞こえがいいが、あのときとこのときと、まったくもって奏は違うのだから。

朝を迎え、すでに隣にいない男は、現在シャワーを浴びているのだが、この間のことがあるからと、風子の脱ぎ捨てた一切合財の衣服をしっかりどこかに隠してしまった周到さ。あんなことをした男女の翌朝とは思えないくらい、すでに奏は頭が切り替わっている。

「ほら、風子、シャワーはいれよ。」

まるで野生の猫のようにしなやかな足取りで近づいてくる奏は、窓辺の朝日を背負いながら美しさに満ち溢れていた。腰には真っ白な肌ざわりのよさそうなバスタオルを巻いているだけだ。無駄のない上半身の筋肉の動きが何ともなまめかしい。

「いやぁっ!、ショーニィ。」

思わず恥ずかしさで顔を覆った風子だ。

「何言ってんだよ?夕べ散々、すげえことしたくせに?」

今更なにをという口ぶりは、まったく乙女心を解さない男の言い草だ。風子は真っ赤になって口をあわわ、あわわと動かすも、声にならなかった。

「ほら、風子も浴びてこい?さっぱりするぞ?」
「じゃ、服、返して、ショーニィ。」
「はあ?」
「だって、今、何も着てないんだよ?」

肌が何一つみえないようにぎゅっと布団にくるまっている風子は恨めしい声をだす。

「はあ?これからシャワー浴びんのに、何言ってんの?」

完全に人を小馬鹿にした言い方で、さすがの風子もカチンときた。

「な、なに、何言ってんの?ショーニィ。恥ずかしいもん。こんな恰好でシャワールーム行けって言うの?は、恥ずかしいに決まってんじゃん。」

もうさらしてしまったぷよぷよのお肉の塊は、せめて夜の戯れと幻と思いこみ諦めるとしても、今は、朝で、しっかり朝の光も差し込んでいて、とてもじゃないが、お天道さまの下でさらしたいような肉体ではない。

「お前の裸なんて、見飽きてるよ。」
「え?」
「赤ん坊の頃からオシメか変えてんだぜ?」

それとこれは違う。けれど今更ながら、そのことも敢えて指摘されれば風子は急に恥ずかしくなった。

「だから、別にいいのに、、それとも風子の裸みて、また俺が襲うとでも?」
「は、はあああああ?」

何ということを言うのだろう。分相応を誰よりも知っている風子は、己の体で男を釣れるなどとは毛頭思っていない。だが、風子はそれこそ己を知っていると過信していて、実際、男というものをわかってないのだ。風子の肌はきめ細やかだったし、夜の闇に溶け込んでいくには白すぎる太ももや揺れる胸は、それがエロくもある。たわわな胸も、ほどよい体の弾力も、一度抱いてしまった男にはたまらない。ましてや奏は、、、

「お前、わかってないね?」
「へ?」
「襲われてみないとわかんないかもな?」
「な、なに、な、な、なに言ってんの?ショーニィ。」

唇の端を意地悪そうにあげている奏はどうみても風子をからかっているとしか思えない。奏などは、佳つ乃こそ抱いていなかったらしいが、それこそ絶世の美人やらモデルやらと浮名を流してきた男であり、そんな男が、風子のぷよぷよな肉しかない体で悩殺されるわけがない。風子はバカにされたと、また頬を膨らました。

「と、とにかく、いいから、何か服、っていうか、バスタオルでもいいから貸して!」

ぷうっと膨れたまま風子は睨んだのだが、奏の色香とぶつかって、思わず唇をとがらしままあわてて横を向いた。おそらく首元まで真っ赤になっているに違いない。だって、シャワーから出てきたばかりの奏の瞳から甘い色が浮かんでいたから。今は眼鏡をかけていないその瞳の目尻はほんのりと紅潮していた。風子の体温がまた上がった気がした。

/ガバリ/

いきなり布団をはがされた。

「ぎょへえええええええっ!」

/パサッ/
「へ?」

はがされたと思った途端に、大きな布で覆われた。気が付けば風子は、もうベッドにはいなかった。体が宙に舞っているようだ。

しょ、ショーニィっ!

大きなバスタオルにくるまれた風子は、しっかりと奏の胸に抱かれ、あろうことかお姫様抱っこなどをされていて、風子の悲鳴があがる。

「重いから、お、重いって、ショーニィ、下して、歩けるから!」

奏はそれには何も答えず、しっかりとした足取りで、風子を抱えていく。

「俺から逃げるなよ?風子。」
「え?」
「よそ見をするなよ。」
「?」
「何かあれば、、俺に聞け!俺を信じろ!」

切羽詰ったように聞こえたのは、風子の肌に伝わってきた奏の声がくぐもって聞こえたからだろうか。何を言っているのかさっぱりわからない風子は反論を唱えた。

「だ、だったら、もう嘘は言わないでよね?ショーニィすぐ嘘つくんだもん!」
「俺がいつ嘘言ったって?」
「言った!いつも言ってる!」
「はあ?」
「ほら、豆腐屋のミミちゃん!」
「あ?」

豆腐屋のミミちゃんとは、風子の住んでいる商店街に今もある田中豆腐店の一人娘のことだ。ミミちゃんは風子より二つ年若なのだが、、、残念ながら、昔のミミちゃんは、こわもてというか、2歳ながらに、あのソースでおなじみの愛嬌たっぷりの犬種に似ていた。

『なあ、ふう子、ミミちゃんの本当のママは?』
『うん。』
『加藤さんちの、ラッキーなんだよ?』
『え?ラッキー?』

加藤さんとは、風子や奏たちのご近所さんで、ラッキーという名前のブルドックをこの上もなく可愛がっているおうちだ。

『だから、ミミちゃんと仲良くしろよ。』
『ミミちゃん、かわいそうね、ママといっしょにいられない、、、かわいそう、、、』

幼い風子の純な瞳を見ながら、奏はよくそんなつくりば話で風子をからかっていたのだ。なので、風子は、幼い頃、奏から擦り込まれたさまざまな作り話を信じて、やがて中学生くらいになった頃、世の中の現実を知る破目となった。幸い、豆腐屋のミミちゃんの話は、小学校高学年で真実に気がついたのだが、それまではずっとラッキーを見る度、心の中で、ミミちゃんのママなどと呼んでいたりした。

「風子、お前なあ、そんな昔のことほじくり返すなよ?」

未だお姫様抱っこされているので、うんざりした奏の顔が風子のすぐそばにあるものの、風子は昔から奏にからかわれていたという記憶が次から次へ蘇り、プンプンと声がとがっていく。

「そうだ!結構大人まで信じてたの、餡ドーナッツとドーナッツが同じだって話。」
「はあ?なんだよ?それ?」
「こっちが聞きたい!ショーニィが、言ったんだもん!餡子の部分食ったら、ドーナッツになるって!」
「はあ?意味がわかんねえ。俺、第一甘いも嫌いだし。なんだよ、その話?」

確かに奏は甘い物が苦手なのだが、奏は確かに餡子を食べた、そんな記憶が風子の記憶貯蔵庫に保管されている。確かにおかしな話だと思うのだが、風子の奏との記憶のアルバムには、餡ドーナッツが形を変えたものをドーナッツと呼ぶ、というようなセオリーが存在していた。だけど未だに謎だ。

「まったく、ぎゃんぎゃんとうるさいな。そんな子供の話持ち出しやがって、まじに落とすぞ?」

たくましい腕がひょいと下におろされれば、風子の重量ですら、ふわりと宙に舞った感覚で、ぎゃああああ、と風子はカラスの潰れたような悲鳴をあげた。

「や、やめてよ、ショーニィ!こ、こわいんだから。まじ、もう、重いから下してえっ!」
「ん?またやるのか?」
「え?」

怖さのあまり、風子はぎゅっと奏の首にしがみついてしまった。奏の唇が風子の耳を掠める。それは甘い恋人たちが戯れる、そんな優しい雰囲気。

「もう!やだ!」

/チュッ/

ぷいっと膨れたほっぺたに奏は子供をあやすように軽くキスをした。それでも風子が真っ赤になるには十分だった。急に大人しくなった風子に、クスリと奏が笑う。それは、もう風子がかわいくてしかたがないように思える表情なのだが、当の本人は、ただただ奏にからかわれているとしか思えなかった。
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