続編: キッスの上手い男
3.
「やだ、モモちゃん、エッチィ!一人で何か思い出してるんでしょう?ふふ。」
ニカニカ笑いながら雛子にからかわれて、あわてて桃子は首を横に振った。
「ち、違うよ。雛子の言うようなこと、、水沢君に限ってないもん。怒ってたのは、再会した最初の頃だけだったし、あれだってわたしが悪かったわけだから、謝ったら許してくれたし。」
「じゃ、焼きもちやかれない?東城さんのこと?」
『吉澤さんのこんな顔、アイツにも何度も見せてたんでしょう?』
『俺とのセックスをお預けさせて、ソイツとヤッテタ?』
あれはベッドでの睦言だ、言葉攻めで、桃子をメロメロにしていく。フラッシュバックする丈太郎の攻める言葉を思い出し、桃子は下腹がキュンとなるのがわかった。
「わたしの方が焼きもち、、妬いてる、、」
「そうなの?」
「だって、水沢君、、その、、、」
/チュル、、/
桃子が言い憎そうに、でも必死に言葉を探しているというのに、雛子は無頓着にもまたストローを吸い上げる。
「ああ、美味しい。」
どうやら今日の自分の注文には大方満足の雛子。デバナをくじかれ桃子は言葉を継げなくなった。
「水沢君、ベッドテク上手そうだもんね。色々な女性とやっちゃってる、、て思うと妬けちゃう?」
結局雛子には敵わない、そんな気がする桃子だ。聞いていなようで、ちゃんと桃子の不安を言い当てる。
「うん、、そう、、、」
「でも向こうも思ってるかもよ?」
「えっ、だって、わたし、今まで、、その、、アレがそんなに良いなんて思わなかった。」
「ああ、、相性もいいんだね。モモちゃんたち。」
桃子は真っ赤になった。
「けど、そこに愛もあるからだよ。」
「えっ?」
「気持ちがいいのは、愛もあるからだよ。」
雛子は繰り返し繰り返し、愛を強調した。
「でも、モモちゃん気をつけなよ?一般論で言えば、激情型のラテンの血と、本音と建前の日本の血が混じってるんだよ?水沢君の血って、きっと複雑極まりないんじゃない?怒らせたら怖いだろうし、モモちゃんが裏切ったら、冷たく切り捨てられちゃうかも?」
雛子は笑いながら冗談めかした。
確かに、水沢丈太郎は怖い一面も持っている。けれど、、ヤキモチヤキと言う意味ではあたっていない気がする。彼にとって体なんて、欲望を満たし快楽を貪る道具で、セックスはちょっとした気持ちのいい運動くらいのことだろう、、そんなに深い意味はない、、そんな風に桃子は思う。あんなに巧みな愛撫をする男、今までの彼の上をたくさんの女が通り過ぎていった。その度に相手を愛していたと思えない。
桃子だって水沢丈太郎に愛されている自信はいまだない。桃子を簡単に達かせることができる情熱的なセックスも、彼女に恋焦がれているからというわけではないだろう。だからといって嫌われてはいないはず。彼は桃子のことが好きなのだ。けれど、そこに狂おしいほどの愛があるとは思えなかった。
その日、雛子との話を桃子は反芻する。水沢丈太郎、彼は、穏やかで優しい人。けれどその反面、激しさも持っている。ならば、今は桃子のことが好きでも、きっといつか、愛する人と出会えば激情の恋に押し流されることも十分ありうるのだ。また桃子は、自分のダメな癖に溺れ始め、弱気になっていた。
*****
【今夜会える?】
【会えるよ、、でも今夜はダメかも、、、女の子が来ちゃった。】
桃子は二日目で、かなり重い生理痛で、気分が重い。丈太郎には会いたかったが、だからと言って、今夜求められても応じる気力もない。けれどその場で言い争うよりも、メールで仄めかしておく。
【いつもヤルことしか思ってるわけじゃないよ?】
丈太郎からはそんなメールがやって来た。
帰り支度をしていると、珍しく東城が桃子のデスクに近づいた。
「吉澤さん、俺も今帰るとこなんだけど、、ちょっといいかな?」
丈太郎との約束の時間には、まだ、数時間ある。彼とは、桃子の会社の傍のカフェで待ち合わせだから、東城と少しくらいお茶を飲んでも、彼との約束には十分間に合うはずだ。
「は、はい。」
*****
偶然にもそこは、丈太郎との待ち合わせのカフェだった。
「ここのパンケーキ美味しいんだよ。」
相変わらず東城は優しい。端整な顔立ちは、見ていて気持ちがいいものだ。だが、桃子は東城の端麗な顔立ちを見ながら、はっきりとした顔立ちの美しい男、水沢丈太郎を思い出していた。
「桃さ?契約更新だって?」
「あ、はい。」
唐突に東城が切り出した。
「それで?」
「えっ?」
「辞めるつもり、、とか、、ないの?」
東城が、言い憎そうな声を出した。
「あ、はい。会社が契約してくれるなら、別に辞める理由も、、
それに、辞めてまたイチからっていうのも、ちょっと、、」
「だったらさ、異動希望だしてもらえるかな?」
「えっ?」
「俺、ぶっちゃけ、、、やっぱやり難いんだよね?
桃に振られたわけでしょう?辛いんだよね、毎日顔をあわせるの、、」
東城の顔に苦悶の表情が浮かぶ。そんな風に思っていたなんて、はっきり言って、桃子には思いもよらないことで、、、
「あ、す、すみません、、わたし、、、無神経で、、」
「いや、そう謝られると、俺が一方的に無理難題をおしつけてるみたいで、、」
結局東城も加害者にはなりたくないのだ。だから、出来るだけ穏便に桃子の意思で異動してほしい、そんな風な口調だった。
「わたし、、、今の仕事スキです。課の雰囲気も。
わたし、、あそこにいちゃ、、ダメですか?」
声が震えていた。桃子はホンネを彼に弱弱しいながらもぶつけてみる。
「絶対に、絶対に東城さんに迷惑かけませんから、、」
桃子の瞳は真剣だ。少しずつ彼女は素直に自分の気持ちを言おうと努力している。
「桃、、もしかして、、本当は俺のことに少しでも未練ある?」
「えっ?」
「だって普通そうでしょう?一応俺たち、、、その関係もあったわけだし、、だけど、別れた男と女で、同じ職場で働き続けるのって、普通は居心地悪いでしょ?」
確かに東城の言う通り、普通ならばだ。だが、桃子の場合、こういっては語弊があるかもしれないが、流されて東城と関係を持ち、だからと言って、気持ちが体についていったわけでもない。彼女は振った手前、罪の意識こそあれど、別に東城と顔を合わせることが苦痛だと感じたことはない。本当に今の仕事が好きだから、、ただそれだけの理由なのに、、、
「東城さんは、わたしの顔を見るのもう我慢なりませんか?」
勇気を出して桃子は言葉をかき集めた。
「俺、、期待してるのかも、、な?ショッテルわけじゃないけど、俺、、女性に振られたこと一度もないんだ、、」
東城ならば、そうだろう。彼の見た目の良さや、優しい物腰、女性なら嫌いになる理由など持ち合わせない。だが、だからと言ってそれが愛する理由にもならいけれど。
「わたしたちのことは、志麻子、、佐野さんしか知らないはずです。だから、彼女に口止めしておけば、バレナイと思います。」
佐野志麻子が、桃子と東城の社内恋愛を秘密にしているとは思えなかった。ましてや、志麻子は丈太郎に振られたのだ。その丈太郎が今桃子と付き合っているなどと知っていれば、もはや、面白おかしく東城の関係をみんなに話しているかもしれない。けれど、、桃子は別にそれでもいいと思っていた。だが、東城はやはり社員である以上、社内の噂には耐えられないのかもしれない。
/トントントン/
テーブルの上を叩く指先は、細く長い。桃子は彼のその指先を見つめてしまう。
/トントントン/
「うん、、、もう少し、、頑張ってみようか?
時がたてば、きっと良い方に転がるかもしれないね?
もしかしたら桃が俺のところに戻ってくるかも?なんて?」
そんな冗談のような言葉に、桃子は久しぶりにエヘラ笑いを浮かべた。東城のせめてもプライドがそういわせた言葉。だから桃子は何も言えなかった。
自分が払うと言ったのに、東城は頑としてそれを聞きいれなかった。
「桃は帰らないの?」
「実は、丁度、ここで約束が、、」
「そう、わかった。じゃ、また明日、会社でね?」
「はい、、、ご馳走さまでした。」
桃子は精一杯の誠意を持って、東城に心から感謝した。
東城の後ろ姿を見送った。けれど、本当は、丈太郎のことを考えていた。いちいち比べてしまう、、丈太郎の肩幅のほうがもっとがっちりしている、、とか、丈太郎の美しい顔立ちは、東城の容姿すらもかすめてしまうとか、、、
「吉澤さん?」
「あっ、水沢君、、」
気がつけば丈太郎が立っていた。彼は怖い顔をしてじっと桃子を見つめる。
「行こう。」
桃子の手を引っ張った。その有無の言わさない強さに桃子は丈太郎の知らない顔を覗いたみたいで少しだけ怖くなった。
「ど、どこに行くの?」
桃子があわてて問いかけても丈太郎は答えない。それどころか、桃子を掴む手の力は先ほどよりも強い。
「い、痛い、痛いよ、水沢君。」
「知らない。吉澤さんが悪い。」
少しだけ悪いと思った様子で丈太郎は力を緩めた。けれど、桃子の腕を放さずしっかりと掴んで、前へ前へとガシガシっと歩いていく。
「水沢君、ちょ、ちょっと、ここ、だめって言ったじゃん、今日だめって。」
懇願するように桃子は力いっぱい丈太郎を止める。桃子の瞳に映った色あざやかなネオン、”キング&クイーン”。そう読める。そう、ラブホテルの前だ。
Copyright(c) 2013 Mariya Fukugauchi All rights reserved.