キッスの上手い男

小説置き場

  2.  

「ねえ、モモ、今日都合つく?」

「えっ何で?」

「 ふふ、合コン。 」

こういうの、少し気が重い。メンバーはみんな社員で、契約社員はわたしだけ。合コンになれば、みんな社員だと思って扱われる。

 

『へええ、じゃあ、今年のボーナスどのくらい出た?』

『うち結構ボーナスいいんだよね。そこそこ仕事して、貯めて、寿がわたしの夢。』

『わたしは、絶対出世して、あの禿、こき使ってやる!』

『えっ?何、その禿って?』

『 うちの部長!もう、めちゃ性格悪し。性格悪くてハゲで、わたしだったら、人生終わりだあ。』

『ひでええ、あっははは。 』

そういった会話が何度もわたしの頭の上を飛び交ってきた。顔に笑顔だけは貼り付けて、必然とわたしは口数が減る。それがいつもの合コンの疲れる理由。

けれど、今日は、黒木雛子を誘うよう話を持っていく。勿論、初めみんなから大反対の大ブーイング。でも、わたしはこういうときの技を知ってる。

「つうか、たまに誘わないと、わたしだけ、何だかみんなに贔屓されてるみたいで、、」

「だって、モモは特別ダモン。ねえ。」

「そうだよ、モモはいつだって仕事よくやってくれてるし。なんていったって、東城さんに一番かわいがられてるじゃん? 」

結局、みんな東城さんに嫌われたくないだけだ。けれど、よかった。わたしと東城さんの関係は、まだみんな気がついてない。勿論、わたしが東城さんに念を押して拝み倒したから。

 

『みんなからやっかまれるから、わたしとこういう関係になったこと言わないで下さい。お願いします。 』

 

だから、みんな、わたしと普通に接し、いつものように合コンの口がかかる。

「あのね、わたし契約社員の中でちょっと浮いてるから、、」

「えっ?何、モモ苛められてるの?」

「ううん。そういうんじゃなくて、、わたしだけ、何だか、社員の方とあまり線引きないように思われて、少し、みんな羨ましいのかな? 」

それはウソだ。契約社員同士の中でもわたしは普通にやっていっている。けれど、女子社員だらけの合コンは、はっきり言って疲れる。だから、黒木雛子を誘いたかった。あの子なら、わたしと同じ普通の、ううん、ドン臭さでは、わたしより目立つ。男子社員の中ではそれがかわいいと言って、また女子社員のヒンシュクを買っているらしい。

「わかった。モモが苛められちゃかわいそう。」

「じゃ、雛子、誘って?」

「うん。わかった。 なら、秘書課のルミに声かけるの今日はなしね。 」

*********

就業ベルが終わると同時に連れてこられた、流行りのフレンチ居酒屋。この間雑誌にでていた記事を読んだばかりだ。今日の合コンは6対6。相手は大手電気機器メーカー。誰もが知っているエリート企業だから、みんないつもより真剣そのもの。条件がとてもいいから、『相手のメンバーの質はこの際無視よ』と開始前に言われていたが、顔をあわせてみれば、そこそこのレベルで驚いた。勿論、東城さんクラスではないとしても、好条件がつくのだから、この程度のレベルなら二重丸、と言わんばかりに開始早々、わたしたちは目配せをする。あとで席は自由に変わるとしても、まずはお決まりの感じで、わたしたち女子側が壁にずらりと並んで、正面に男性陣と対面する。黒木雛子が入り口に近い一番端に座り、わたしがその隣に座った。緊張しつつも、お酒が注がれ、それぞれの相手と話しだすけれど、黒木雛子の前の席だけがポツンとあいていた。

「遅れてらっしゃるのですか? 」

わたしが空いてる席を指差し、前の男に尋ねた。

「そう、アイツ仕事好きだからね、まあ、いいじゃない。今夜は、僕が二人相手したあげるからさ、ははは。 」

前の男は、すっかり上機嫌だった。何故なら、わたしが自分から契約社員であることをばらしていたから。

 

『ええ、いいなああ。エリート企業で、皆さんも選り抜きで、、、わたしなんか、契約社員でいつ首切られるか、、あっ、他のみんなは全然デキがいいから正社員なんですよう。』

ぷうっと頬を膨らませ、いかにも羨ましいとばかりにみんなに言う。

『何よ、モモ。アンタなんてそんなこというけど、そこらの社員よりデキがいいんだから。 』

そんなフォローもしてくれるけど、わたしは自分を卑下して、結局自己嫌悪に陥る。いつものパターン。隣の雛子はそんなこともまるで意にもとめてないように、ただ、ニコニコしながら目の前のワインを飲んでいた。見ていて少しイライラする。そういう彼女の神経がわたしにはわからない。彼女は、この場で、何も感じてないのだろうか。だから、鈍感だとか、気がきかないとか言われるのだ。

 

「うわあ、ごめん、遅れた。」

黒木雛子の前に大きな影が出来て、わたしたちは顔をあげ息をのむ。

「何だよ、また残業かよ?」

「悪い。どうしても、この時間じゃないと電話が通じなくて、」

そう言いながらわたしたちに軽く頭を下げた男に、目を見張ったのはわたしだけではない。彼の出現で、その場が、一気に緊張し、一気に色めきだつ。 何て、綺麗な顔をしているんだろう。 きっと誰もがそう思ったはずだ。浅黒い肌からでも目立つ眉毛がキリリと濃く、でもその眉に負けないくらい横長にスッと見開いた目。伏せ目がちにすれば、長い睫毛が瞳をくゆらせ、シャイな印象を受ける。背がとても高くて、がっしりとした体にスーツがよく似合っていた。 彼は同僚に『悪い』そう言って、空いてる雛子の前に座った。座った彼とわたしは目があった。彼はじっと考え込むようにわたしを見つめながら、そのアーモンドのような目を細めた。その逸らさない視線に吸い込まれそうで、あわてて顔を背けた。一気に頭に血が上ったみたいで、熱い。

「あのう、ご紹介してもらっていいですか? 」

いつものように、ソツがない志麻子の声がした。わたしの目の前の男が得意げに、彼の肩を叩いた。

「さあて、女子のみなさん、今夜のメインディッシュがやってきましたよ。彼は我が社でもイケメンナンバー1でええす。」

「うふふふふ」

「いやあだあああ。 」

わたしの前の男は、合コン慣れしている。

「彼は水沢丈太郎でえす。 」

わたしの頭でフラッシュする。

 

///ミズサワジョウタロウ///

 

「よろしくうう、水沢君!」

/パチパチパチパチパチ /

華やいだ声と拍手までが聞こえてきた。

「あ、水沢です、遅れてすみません、、 」

水沢丈太郎

 

 

『、、、 キスして、、、水沢君?』

『、、、、いいよ。』

 

 

高校卒業前のあの瞬間、あの出来事が蘇った。 わたしの耳には何も入らない。騒いではしゃいでる志麻子たちがスローモーションのような動きをしている中で、水沢丈太郎の視線とわたしの視線が静かに重なっていく。 恐らく、彼だ。そう、わたしの同級生だった、あの男。

「どうしたの? モモちゃん、飲んで? 」

前の男が、わたしの空いたグラスに白ワインを注いでいく。

/トクトクトクトク /

目の前の液体がキラキラ光っているのをただじっと見つめた。陽ざしのような穢れない薄い黄金色。

/トクトクトクトク /

前の男は、親切ごかしに雛子にも注ぐ。わたしはずっと考える。このまま水沢丈太郎とのことをバックレテしまおうか、、、後でバレたら、よもやクラスメートだとは思わなかった、そう理由は何とでもつけてごまかせる。何より、今ここで女子達の注目を一心に浴びているミズサワジョウタロウと知り合いだということを説明するのは、億劫だし厄介な気がした。だからいつものわたしなら、きっと、、

「そうか黒木雛子さんっていうんだ。よろしくね。」

綺麗なアーモンドのような目が細められ、雛子にその優しい笑顔が向けられた。雛子は真っ赤になった。

「ねえ、もしかして、水沢君?あの水沢丈太郎君? 」

考えるより先に言葉が出ていた。あのときと一緒。一斉にみんながわたしを見る。勿論水沢君の眉も驚いたように上がった。

「何? モモ知り合い?」

「ええええ?水沢君と知り合いなの?」

「 う、うん。だと思う。わたし吉澤桃子、ほら?都立練馬台高校の。3年2組、覚えてないかな? 」

何もしゃべらない彼に対して、わたしは段々自信がなくなる。最後はか細い声になった。その場のみんなの視線が今度は一気に水沢君にうつる。彼の肉厚のカーブを描いた唇が開いた。ああ、そう、その形のよい色っぽい唇、、、感触がフラッシバックするその刹那、水沢君は興味のなさそうに答えた。

「 あ、、ああ、吉澤さん、、 」

えっ?!それだけ、、彼にはただそれだけ。一応、わたしに笑いかけたように見えたけれど、わたしの知っている彼の笑顔じゃない。優しくて心からほっとする、あの水沢丈太郎の笑顔ではなかった。ううん、あの笑顔は、さっきの雛子に向けられていた。いまだって志麻子に向けられている。

「ええ、じゃあ、あとでモモの高校時代の秘密とかバラしてね。水沢君。」

「そうだね、思い出してみるね。 」

そう言って柔らかな微笑みを志麻子や、みんなに返した。

合コンは、携帯がかかってきて席をたったり、化粧室に行ったりとで、後半は席がシャッフルしている。勿論女子の狙いは、決まっている。水沢丈太郎。わたしは、、、水沢君に避けられているのを感じて、結局、空いている席へ、席へと異動する。最後は、彼から一番遠い席に座っていた。なるべく、彼がわたしを無視しているらしいということを周囲に悟られないように、愛想笑いを浮かべながら、他の男性陣の話を熱心に聞いてる風を装っていた。

「ええ、そうなんだあ、すっごい面白いね。」

「だったら、モモちゃんも今度誘ったあげるよ。」

「ええ、嬉しい。」

そんなことを言いながら、わたしの耳は、体は、髪の毛一本すらも、全部、水沢君の一挙一同に集中する。気がつくと水沢君の携帯がなっていた。彼は一同に断りをいれ、座をはずす。その隙に、志麻子たちがわたしたちに目配せをして化粧室へ行く。これからの作戦を練るためだ。女子全員が座をはずすのは何となく気がひける。案の上、雛子は残った。

「ごめん、ちょっと電話してくるね。 」

わたしはウソをつき、志麻子たちとは化粧室には行かなかった。携帯を持って居酒屋の外にでる。丁度水沢君が店に入ろうとしていて、鉢合わせする。目があった。絶対に目があった。なのに、彼は、わたしなどこの世に存在しないかのように、スーッと脇を通り抜け店に入ろうとする。

「水沢君っ! 」

彼が立ち止まったのがわかった。やがて、彼はゆっくりとわたしの方に振り返った。今さらながら、彼との背の高さを思い知る。東城さんも背が高くて筋肉質だけれど、水沢君は生まれながらの戦士のようなたくましさがある。 なに、、かな? 彼の瞳がつうっと細くなった。わたしは、声をかけてしまったことが怖くなる。こんな彼は知らない。高校生のときは、もっと柔らかくて陽だまりのような、そんな雰囲気だったのに、、、、

「あ、あの、、、大丈夫だよ。わたし言わないから。」

途端に水沢君の顔色が変わった。

「自分から言うようじゃおしまいだな? 吉澤さん。」

「えっ? 」

怖い。明らかに彼はわたしに怒りを向けている。やっとわかった。彼が変わったのではなくて、彼は、わたしに怒っているのだ。とにかくこの場を逃げたくて、わたしは矢継ぎ早にしゃべり続けた。

「あ、あの、随分カッコよくなったよね。最初わからなかった。あ、あの、、大丈夫だよ、みんなに言わないから、高校時代、水沢君がぽっちゃりしていたこと、、 」

過去をばらされたくないのだろう。だからわたしならしゃべらない、そのつもりで口早にすませた。彼の目が冷たく光り、顔がスーッと真顔になっていく。多分、彼が口を開くまでたった数秒だった。けれど、わたしにはその沈黙が怖くて重くて、、、先にわたしが口を開いたとき、彼の声が遮った。

「あ、あの」

「別に、そんな下らない事、心配してないから。しゃべりたければ、しゃべればいいと思うよ。吉澤さん。 」

水沢君の蔑んだような呆れたような声が耳に残る。いつ彼は後ろを向いたのか、気がつけば、彼は背中を向けて店に入って行った。じっと凝らした目が痛くなって、涙がたまる。泣きたいわけじゃない。ただ、ショックなだけだ。わたしの心の隅にいつもいた男、その男が今、わたしに怒っている。

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