キッスの上手い男

小説置き場

  4.  

翌日土曜日、東城さんから呼び出されて、、結局また抱かれた。ううん、わたしは人恋しかった。彼の腕はわたしを甘えさせてくれる。

「モモ、俺とセックスするの、、嫌?」

「えっ?」

「俺の顔見たくない? 」

後ろから抱かれて、わたしたちは、そのままベッドで体を横たえている。ラブホのお金はいつも東城さん持ちで、申し訳ないと思っている。

「そんなことないです、、、けど、、、」

「けど? 」

気まずくて、、ちょっと足を動かしたら、シーツの布ズレの音がした。

「モモ、何だか遠慮してるのかな?何も言ってくれないから、、」

「えっ? 」

東城さんはそのままだんまりを決め込んだ。わたしは沈黙が嫌いだ。

「遠慮なんかしてません。だって、、」

「ねえ、モモ、黒木さんって、モモの同期だろ?」

「ええ。」

「同じ契約社員なんだよね。」

「そうです。 」

「俺さ、佐野さんとモモが一番仲がいいのかと思っていたんだけど、、」

「志麻子とは仲良しですよ?」

「うん。でも、この間、偶然、黒木さんとモモが話してるの聞いて驚いた。結構ズバズバモノを言うんだなあ、って思ったよ。」

「わたしが?」

「うん。黒木さんとは、何だろう、こうモモが何でも言えるんだなって、そう感じた。」

思わず東城さんの顔を見てしまった。

「俺といるときとか、あと佐野さん達と話しているモモって何だか受身みたいで、、」

「えっ。」

言葉が出ない。

///黒木さんといるときは、意外にはっきりモノ言うんだなって///

確かに彼女とは話しやすい。何も考えずに気にせずに話せる。雛子のことを見下しているわけではないけど、だけど、彼女といると少しだけ優越感に浸ることはあった。でもそれも、、終わり。昨日雛子にかなりの勢いで打ちのめされた。そういえば、、水沢君とどんな話をしたんだろうか?

「ほら、また黙る。モモは確信にふれられると黙っちゃう。」

東城さんはため息をついた。

「 、、、、抱いて、、、」

「えっ? 」

だったら、抱いてほしい。そのほうが簡単だ。いちいちそんなこと説明なんて出来ない。だってわたしはこうやって流されて生きてきたんだから。

「じゃあ、もう後ろからはしない。」

「えっ、、や、、それは、、、 」

彼の顔を見て、抱かれたら、、きっと、、、わかってしまう。わたしが、、感じてないことを、、、わたしが、、、

「あっ」

東城さんが覆いかぶさってきていきなり口を塞がれた。

「んんん」

いやらしいくらい舌をからみつかせてくる。彼の瞳は欲望が見える。

「目を瞑って、モモ? 」

いやだ、目を瞑りたくない。ただ頭を振った。東城さんは何も言わずそのままキスを続ける。瞼を閉じれば、思い出したくないあの顔が過ぎるから。『あの男』を思い出すと、わたしは知らないうちに罪の意識にかられ、不安になり、自己嫌悪に陥るから、、、 東城さんの長い指先が、露になったわたしの小ぶりの胸を愛撫する。彼の指先は繊細で、楽器を扱うようなタッチで、とっても気持ちがいい。先端をそっと突かれた。

「あ、、」

「もう尖ってる、フフ。 」

胸の先をそっと東城さんは口に含んだ。

 

*********

月曜日、朝から志麻子からのメール。仕事の件じゃないのはわかっている。予想がつくだけにメールを開くのが、少しばかり憂鬱。

/ピッ /

【件名:今日ミーティング(ハート)金曜日の件、アポとって返事OK済み。本日、ミーティング。その前に打ち合わせしたいんだけど、就業終わりでどうかな? 志麻子】

一応IT部署を意識したらしい文面だけど、プライベートのメールはバレバレだ。水沢君とデートするのか、、、だけど、、水沢丈太郎、雛子ともデートしたんだろうし、そんな軽いオトコだったけ? 何だか納得がいかなかった。

「吉澤さん、会議室とっておいて?11時ね。」

「あっ、はい。」

課長に言われ、メールを閉じた。

 

*********

「ごめんねええ、モモ。モモだけが頼りなんだあ。」

何だか調子がいい、けれど志麻子のこういうところは慣れている。というか、志麻子のような人間はわたしの周りにゴマンといて、今までずっと波風たてずに付き合ってきたから。笑顔を貼り付けた。

「なになに?何が聞きたいの?っていうか志麻子にしちゃスタート遅くない?わたしってきり合コンしてすぐ、彼に連絡取ったと思った。」

「それがさ、本当は速攻で誘ったら、ここ2ヶ月は仕事が立て込んでるって言われちゃって、でやっと月が変わったから、すぐにこの週末誘ったら都合が悪いらしくって、、やっぱ彼女とかいるのかな?」

「でも今日のデートは取り付けたんでしょ?」

「うん、だけど、デートじゃないみたい。水沢君ともうちょっとお話したいからお食事でもどうですかって言ったら、」

志麻子の意志の強そうな瞳が和らいだ。どうして、そんな風にダイレクトに言えるんだろう?わたしには、、絶対に出来ない、、きっと。

「そしたら?」

「食事ならいいですよ。って。あっさりと。何だか、食事『なら』っていうのが気に入らないわけよ。」

「じゃ、彼にはまだ、コクってないの?」

「あったり前じゃん。今日初めて二人で会うんだから。」

何だかほっとした。

「ねえ、彼の性格からして、今夜いきなりコクっても平気だと思う? 」

答えがでない。わたしと水沢丈太郎、、高校が一緒で、3年のときだけクラスが同じ。そしてキスをした。ただ、それだけ。

「実は、、あんまりわかんないんだよね。彼、平和主義と言うか博愛主義というか、みんなに優しかったから、、、実際何を思ってるのか。」

「うん。ただ、優しいから、志麻子のことは傷つけないと思うよ。つまり、彼女いなければ、とりあえず付き合ってもらえるってこと? 」

 

『キスして、、水沢君、、、』

『、、、いいよ。 』

 

「うん。多分。」

「そうかあ。」

志麻子は急にテンションがあがる。 「実はもうひとつ。」 話はまだ終わりでなかったらしい。志麻子は声をひそめた。

「黒木雛子のこと。」

「えっ?」

「アイツも水沢君のこと好きみたい、、なんだよね。」

「な、、なんで? 何で志麻子が、そう思うわけ?」「だって、金曜日水沢君と会ったって。」

「えっ? 」

本当は知っていたけど、ウソがバレナイように必死で驚いた。

「誰から聞いたの?」

「うん。水沢君。、、、いや、彼がペラペラしゃべったんじゃないよ。わたしが探りいれたんだ。この間の合コンで、誰かともう連絡しましたか?って。」

雛子の言葉を思い出した。

『水沢君から連絡もらっちゃった。うふ。』

志麻子の様子だと雛子が連絡したと思っている。

「あの女、仕事出来ないくせに、こういうのは手が早いんだ。やんなる。」

「、、、、」

「男漁ってるヒマあれば、仕事やれっつうの!もう!」

志麻子の言葉に素直に頷けず、また愛想笑いをしてしまった。

「それでね、モモ、アンタから見てどう思う?」

「何が?」

「水沢君のタイプって、どっちなんだろう? わたしと黒木と?」

雛子の話が本当なら、タイプは雛子ということになる。水沢丈太郎自ら連絡をしてきたのだから。でも、、それを志麻子に言う気にはなれなかった。変な話だが、水沢君が雛子を好きになったこともイラッとした。

「マジな話、タイプはわかんないけど、だけどさ? 志麻子と雛子だったら、男だったら文句なく志麻子にみんな行くでしょう?」

志麻子が嬉しそうに笑った。

「いやだああ、もう、モモったら! 」

満更でもなさそう。志麻子の笑顔になればなるほど、こっちの気持ちが晴れない、いやむしろ、どーんと沈んでいく。けれど、それは絶対に見せない。

「がんばってね。志麻子。応援してるから。」

「ありがとおお!モモッ! 」

志麻子の笑顔に素直に応えることが出来なかった。胸の奥が何だか不快でザラリとした。

 

*********

最近イライラしている。胸がどんよりしている。足に錘がついたようで、水面にあがれなくて、もがいている、そんなもどかしさで気が滅入る。あれから志麻子とは話をしていない。雛子ともだ。 そこそこの企業の大きなメリットは、部署が違うフロアーに点在しているから、意志を持って会おうとしない限り何日も会わなくてすむ。雛子とは、ずっとそうだったから、スタンスはそう変わらない。今までだって、敢えて会いたいとも思わなかったし、だから、顔をみないですんでいる。問題は志麻子だ。わたしは、仕事にかこつけて志麻子から逃げていた。 社会人のメリットとデメリットは表裏一体。社内恋愛で、会いたいと思っていても、突発的な仕事の都合で、会えないことが続く。それは恋焦がれていれば辛くて切ない思いで、、、けれど、逆にそれが好都合なときもある。 東城さんと最後にセックスしてから、彼は急に長期出張で、今シンガポール滞在している。本当は、安西さんが行くはずだったのに、彼が急に体を壊したからだ。急遽東城さんに白羽の矢がたつ。彼は仕事が出来るし、上司の信頼も厚い。

【寂しくなったらメールして。】

彼のメールは一通だけ。たったその一行。 寂しくなったら、、、それじゃ、寂しくなかったら、メールしなくてもいい、、そんな風にも聞こえた。試されているのだろうか、、、けれど、彼の留守は、少しだけ、少しだけだけど、足の錘が軽くなったような気がした。今だって東城さんのこと、、嫌いじゃない。けれど、、、 東城さんが出張に行ってから4日経った。わたしはスマホを見つめる。指を動かすけれど、画面にはメール受信の痕跡などどこにもない。ましてや着信なんてあるはずもなかった。

/ブルルル/

指が震えた。東城さんから?

「あっ、」

メールの件名が目に飛び込んできた。

【件名:水沢丈太郎です。】

指が思うように動かない。手が震えているせいか、気がせいているせいか、何度も画面をタッチしても上手く行かない。変な画面をタッチして違うアプリを開いてしまった。

【吉澤さんのメールアドレスは黒木さんに聞きました。会えませんか。】

ただ、それだけだった。絵文字も何もなく、彼の本意は伝わってこない。怖い、、でも、、会いたい。

【そちらの指定した時間と場所に伺います。メール嬉しかったです。】

そう打ってから、やはり最後の一行は消去した。彼のアドレスをすぐに登録した。

『アイ』と打った。

アドレス帳の一番初めに出てくる名前だから。 けれど、彼から返信はこなかった。 実は、メールもらったのが、木曜日だったから、翌日会おうっていうことになると密かに期待していた。何度も何度も画面を見た。その度にため息をついた。週末も期待をした。けれど、画面には何も入ってこなかった。翌週は結局ため息が増えて、、、同じ課の人に指摘された。東城さんが不在でよかった、そんな風に思った。 すでにため息さえもでなくなっていたその週の金曜日、、いきなりメールが来た。帰り際だ。 『アイ』 目に入った文字にドキリとした。 件名は今夜はどうですか? だった。また指が震えた。けれど、まだ社内だし、人の目もある。落ち着いて指でスライドしていく。

【今日都合がよければ、8時に日比谷公園、『ヘラルド』で待ってます。都合が悪ければメールください。】

ご丁寧に待ち合わせ場所のサイトが添付されていたけれど、言葉は丁寧だけれど、腹がたった。もうすぐ社をでるところだった。時計を見る。7時はとうに過ぎていた。こんな時間だ。わたしがもう家に戻っているかもしれなかったし、他に約束があるかもしれない。大体、10日前に『会えませんか?』と打診されったきり、無しのつぶて。そして、実際会うとなったら、当日、しかもギリギリの時間で、連絡してくるなんて、どういうつもりなのだろう。社会人として最低!そうまで思った。 結局、メールに書いてある通り、わたしが都合が悪ければそれでも仕方がないというスタンス。彼が何を思いわたしを呼び出すのか、、そしてこんなにも腹をたてているのに、イソイソ待ち合わせ場所に行こうとしている自分が恨めしい。 悔しいから遅れて行こう。そう思った。日比谷公園なんて、会社から目と鼻の先だった。おそらく水沢丈太郎は、雛子たちから会社がどの変にあるのか聞いていたかもしれない。いや、きっと合コンで、誰かが会社の話をしたのだろう。 歩きながら、腕時計を見た。針は、8時5分を指していた。自ら遅れたことなのに、もしかしたら、水沢君はもうわたしが来ないんじゃないかと帰ってしまうかもしれない、、そんなことを思ったら、足が勝手に速くなった。バカみたい。 『ヘラルド』その看板をやっと見つけた。アルゼンチン料理屋だ。『客席個室・半個室あり』そんな文字も見えた。



「あ、あの、、待ち合わせなんですが、、」

「ご予約ですか? 」

水沢君が予約しているとも思えない。けれど、口について出た。

「えっと、、水沢、、さん?」

人の良さそうな受付けの子が短い愛嬌のある指先でノートをたぐる。

「ああ、水沢丈太郎さまですね?」

「あ、はい。 」

彼は予約をしていた。それだけのことなのに、胸が飛び跳ねた。 店内の薄暗い中を案内されて通された。あっ個室だった。意味はないのかもしれない。だけど、そんなことさえ彼の真意を探してしまう。

/トントン/

/ガチャリ /

「お待ちのお客様がお見えでございます。」

綺麗な、まるでギリシャ彫刻のような顔立ちの男が目に入った。水沢丈太郎は、本当に美しくて艶があるのだと、そのとき思った。

「あ、あの、、」

「座って。先に話があるから、適当につまみを頼んだ。おなかがすいているなら、その後何か注文して。 」

事務口調で言われた。

「お客様お飲み物はいかがいたしましょう。 」

水沢君の前には、すでに置いてある、茶色っぽい液体だ。同じ物を頼むには、わたしには少し強い酒かもしれない。

「ビールを。」

「種類はどう致しましょう?」

「生ビールありますか? 」

経験上それが一番手っ取り早い。

「あ、はい。では、今お持ちいたします。」

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