キッスの上手い男

小説置き場

  6.  

目を開けたら、水沢君の顔があった。彼の瞳が心配そうだ、、ううん、そう見えただけ。

「気がついた?」
「えっ?」

意識を失っていた?、、うそ、、だって、指だけ、、だよね?

「吉澤さんの体、男冥利につきる。感じやすくて、、指だけでイッチャウなんて、、これでセックスしたらどうなるんだろう? 俺、溺れちゃうかも?」

真っ赤になった。そんなことをサラリと言った彼を見た。水沢君の口元は皮肉っぽく笑っていたけど、目は笑っていない。蔑んでるような馬鹿にした顔に見える。

「俺、確かに吉澤さんのご推察通り、女性経験豊富なんだよね。」
「、、、、、」
「けど、、いつも相手は外国人ばっか。」

「えっ?」

「だから、日本人の女とやるの初めて。」
「えっ、、、」
「日本人ってみんな、吉澤さんみたいに感じやすいの?」

水沢丈太郎の真意が顔に出ていた。わざと汚い言葉を使う。そうか、、、彼は、わたしに復讐したいんだ。まだ怒っていて、、プライドを傷つけられた思いを今度はわたしに返そうとしているんだ。そして蔑んで馬鹿にしているんだ。

胸が露わになっていた。あわててブラウスの前を押さえた。最後のプライドを掻き集めて、彼の顔を睨んだ。涙が出そうで、瞬きを何度も繰り返した。彼は何も言わなかった。

「わたし帰る。そして、、、」

ベッドから身を起こし、水沢丈太郎の瞳をまっすぐに射抜いた。


「ずっと、、ずっと、、、ごめん、、なさい、、」

言えた。胸が少し軽くなった、何かを飲み込んでいたツカエが少しだけ取れた、そんな気がした。

彼はわたしをじっと見ていた。何も言わない。まるで傷つけられたような、とても辛そうな顔だった。その場にいたら、彼を抱きしめたくなりそうだった。だから、急いで寝台を降り身支度をした。後も振り向かず、部屋を後にした。


*********

わたしはあまり泣かない。何か嫌な事が起きても、そんなものかと客観視する。そうすれば、傷つかないし、被害者にならくてすむ。それなのに、その夜は見事に涙が出た。水沢丈太郎の仕打ちに泣けたわけじゃない。


/ブルルルル/

「あっ!」

見やった先に東城さんの文字、、、すぐに画面に触って、無我夢中で彼のメールにたどり着く。件名は、、何もなかった。

【モモは寂しくない? けれど、俺は、我慢が出来なかった。
モモは何とも思わない?俺は、やっぱり好きなんだ、、と思う。
けれど、戻ろう。もう一度、会社の先輩と後輩に、戻ろう。
モモは悪くない。勝手なのは俺だから。】

東城さんは気づいている。わたしの情けなさや、吐き気がするくらい嫌な女で、ウソばっかりついてるわたしに気づいている。でも、彼は、最後までわたしのズルさを問いたださない。最後まで被害者にしてくれる。最低なことしているのはわたしだ。なのに、、、

東城さんの優しさに泣けてきた。こんなひどいわたしを好きだと言ってくれる。誰もが慕うあのかっこいい人、その人は、あまりに優しすぎる、、、だから、、

そして、そんな東城さんに泣けてくるわたしが、未だに、あの男の顔がちらついて離れない。水沢丈太郎、、、ずっと好きだった、、、彼に軽蔑されても、ずっと好き。きっと、これからも、、、、、



********


【ねえ、知ってる?】

志麻子のメールに驚いた。

【今月末退社、黒木。】

マウスを持つ指が止まった。志麻子とはあのまま避けていたら、彼女もそれとなく察したのか、水沢丈太郎のことはわたしの前で話さなくなった。それから雛子の方はといえば、あれ以来顔を合わせていなかった。

「うっそ、、、」

画面に向かってつぶやいた。隣の古田さんと目があった。

「どうしたの?」
「あ、あの、、同期が辞めるみたいで、、」
「ああ、黒木さん?」

古田さんの同期は雛子のフロアにいる。だから、彼女は雛子を知っている。

「黒木さん、契約社員だったよね?」
「はい、、わたしと同じで、、、えっ?わたしも契約切られちゃうのかな?」

冗談っぽく薄ら笑いを浮かべた。おかしくも無いのに。

「あのね、噂では、契約が切れる前に彼女の意向らしいよ。」
「えっ?」
「だけど、契約破棄だから、かなり部署ではお冠。こういうの困るんだよね。」

古田さんの言葉は、わたしにも言っている、そんな風に聞こえた。



********


就業時間が終わる数分前に雛子にメールを打った。すぐに返信が来た。

【わかった。じゃ、この前のところで待ってるね。】

雛子とはあのカフェで待ち合わせをした。わたしは、少し残業になるとだけ返信を打っておく。



********


雛子の前には何やら怪しげな飲み物が置いてあった。緑色のドロリとした飲み物。

「これ、新製品なんだって。ベジースペシャルスムージー。」
「よく、そんなもん頼めるね。美味しいかどうかなんてわかんないじゃん。」

皮肉をこめた。だって、カフェに入るのは、わたしと話があるからで、そんな変なドリンクを飲むためじゃない。

「人生は短いもん、色んなもん食べたり飲んだりしたい。」
「えっ?」

雛子の顔は晴れ晴れとしていた。

「アンタ、そんな能天気でいいの?」
「あ、モモちゃん聞いたの?」
「もうほとんどの同期も、アンタんとこの関連部署とかみんな知ってるよ。きっと。」
「ふうん。」
「ふうんって、契約違反で訴えられたりしないの?」
「ああ、それは大丈夫。実際、会社側も次回の契約しないつもりだったみたいだもん。」

わたしたちは、今の会社と1年契約だ。契約が終わるたびに更新契約をする。3ヵ月後にわたしたちは初めての契約更新日を迎える。

「あと数ヶ月したら、遅かれ早かれ首切られちゃうわけでしょ?そのときわたしにゴネられるくらいなら、今辞めてもらったほうがいいみたいよ?」
「そう、、なの?」
「部長は、そうは言わなかったけどね。しかめっ面して、こういうの困るんだよね、でも、黒木さんがどうしてもって言うなら、会社側も仕方ないね、みたいな?恩着せましたって感じ。ふふ。」

雛子は必死にストローを吸った。スムージーはどうみてもドロリとしすぎていた。

「それより、モモちゃん、水沢君と会った?」
「何で?」
「ちゃんと話せた?」

この間から思ってるけど、雛子の印象がだいぶ変わってきている。おっとりの鈍感タイプなんかじゃない。

「わたし、社内で鈍くてトロいって言われてるじゃん?それってやらなくてはいけない最小限しかしないから、役に立たないって社員から目つけられてるの。だけど、わたし、観察眼はあるんだ。どの人が本当にいい人でどの人が本当に嫌なやつなのか、、とか。」
「、、、、」
「佐藤さんね、」
「ああ、うちの古田さんと同期の?」
「そう。あの人、わたしの顔見るたびイヤミ言うけど、でも、きっとわたしのこと好きなんだと思う。」
「何、それ?」
「多分、わたしみたいなちゃらんぽらんな生き方、してみたいんだと思う。」

佐藤さんとは、あまりしゃべったことがない。時々古田さんと話しているのを見かけた。化粧っけのない、とりたてて綺麗でもなければ、不細工でもない、平凡そうな真面目そうな女性だ。

「外見がお堅い感じだから、誤解されやすいけど、本当は素直な人だよ。」
「だから?」
「人ってみかけによらない。しゃべって見たら案外、へええ、こんな人?って思うことあるよ? うん、、モモちゃんみたいに、何でも頭の中だけで整理整頓しちゃったら、大事なこと、手から零れていきそう。」

イラつく。この間から、雛子と話すと責められているような気がした。

「わたしたちが、初めて会った日のこと覚えてる?」

唐突に聞くんだから、、、この子の話はすぐに飛ぶ。

「入社した日?」
「あ、やっぱり覚えてないんだ。」
「えっ?」
「試験のときに会ってるんだよ。わたしが、面接場所わかんなくてウロウロ、何度も何度もしてて、モモちゃんの前を何度も何度も通り過ぎてはまた戻って来て、みたいな、、そのときね、モモちゃん、心配そうな顔してた。わたしに何か教えたそうな顔してた。けど、、声かけてくれなかったんだよ。モモちゃん。」

覚えてなかった。契約社員のわたしたちは、入社日がバラバラで、でも雛子とは偶然入社日が一緒だった。その日入社する何名かが、配置部署に案内される前に、人事課で顔を合わせた。雛子のことは強烈に目に焼きついていた。みんなが真っ黒なスーツを着ている中で、一人、ベージュの明るいスーツを着ていた。薄いピンク色のブラウスはよく似合っていたけど、とても目立っていた。

「モモちゃんは、多分、わたしのことイラつくぐらいにしか思っててくれてないかもしんないけど、、、」
「そんなことは、、、」
「いいの。そうやってウソつかないでよ。わかってるから。」
「、、、、」
「けど、わたしはモモちゃんのこと、好きだよ。不器用で、それを隠す為にとりあえず色に染まっちゃえみたいな、、モモちゃんは人によって色が変わっちゃうんだもん。」

雛子は、まるでわたしの全てがお見通しだといわんばかりの言い草だ。腹がたった。

「アンタに何がわかるのよ。わたしたち、そんなにしゃべったり、一緒に飲みに行ったりしなかったし、、何がわかるの?!」

また、声が震えていた。

「じゃ、佐野さんならモモちゃんの全てわかってる? いつも一緒にいて、ベタベタしてるけど、モモちゃんのこと理解してくれてる?」

今日の雛子は絶対に引かなかった。威圧される。

「モモちゃん気づいてる?」
「、、、」
「わたしとしゃべるモモちゃんと、佐野さんとしゃべってるモモちゃん、全然違う。」

それは、前に東城さんにも言われたこと。

「最初ね、ああ、わたしバカにされてるからかな?って思ったけど、最近ようやくわかった。わたしといるほうが居心地がいいんだよ。モモちゃん。」

驚いた。すごい自信だ。

「何言ってんの?アンタ、頭、可笑しいんじゃないの?」
「あ、可笑しいかもね、ふふ。でもモモちゃんわたしの前では愛想笑いしないもん。」
「えっ?」
「一度も見たことない。二人のとき。あのえへら笑い。」

ひどい言われようだ。けど、もう何だか可笑しくなった。そういえば、そんなこと水沢丈太郎も言っていたっけ。雛子は何だか面白い。知らなかったんだ。わたし、、

「ばっかじゃない?第一、 失礼じゃない? エヘラ笑いって。」
「ごめんね。」

素直だ。何だか、もっとずっと前から、雛子とこんな風に話したかった。

「それでね、話戻るけど、水沢君と会った?」
「え?うん。」
「よかった。」
「何でアンタが安心すんの?」

雛子と水沢君は付き合ってないのだろうか? 彼の手を思い出し、あの手で雛子の頬を撫でる、、いやだ、、

「そりゃ心配だよ。」
「何で?」
「だって、水沢君とわたし、すごく息投合しちゃったんだもん。すごく分かり合えるんだもん。」
「何、それ?」
「聞いたよ。高校時代のこと。水沢君、かなり傷が残ってる、、知ってた?」

心の、、だよね?

「うん。この間、わかった。」
「そうか、、でも、ソレ誤解だから、ってわたしは思った。」
「えっ?」
「モモちゃん不器用だから。」

胸が痛い。雛子は、、何でこんなにもわかってしまうのだろう。

「モモちゃん、顔、泣きそう。」
「うん、泣きそう。」
「そうか、、、ちゃんと謝った?」
「うん。」
「何であんなこと言ったのか理由(わけ)言えた?」

首を横に振っていた。そんなこと言えるわけない。本当のことなんて話せるはずもない。

「顎痛い。」

雛子は唐突に顎を押さえた。

「このスムージー重過ぎる。吸うの疲れた。味は悪くないけど、」

何か話しが飛ぶ。なに?

「でもさ、そういうの試してみないとわかんないじゃん。はたから見てたら、こんな顎痛くなるってわかんないもん。もう次は試さなくてもわかるから。」

雛子の笑顔がまぶしかった。
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