キッスの上手い男

小説置き場

    

夜は星が出ていた。そんなあたり前のことに今夜久しぶりに気がついた。上を見上げた事なんかいつぶりだろう、、、久しぶりに本当に久しぶりに自由だと思った。


【水沢君、ちゃんと話をしたい。
話をさせてください。
お時間のつく日を教えてください。】

今夜しなければきっとまた逃げてしまう。送信ボタンを押すときに手が震えた。だけど、、どうせ、きっとまたなしのつぶて、、スマホの画面が暗くなったと思ったら、スマホが震えすぐ明るくなった。

受信!うっそ。

指がせくように、画面の中へと入っていく。

【明日、渋谷で。朝から会おう。】

な、なに?うっそ。ど、どうしよう。何で、こんな急に、、、しかも朝10時って、、

眠れない予感がした。あれこれまた考え込んでしまいそうな気がした。

水沢君と明日会う。どうしよう。

気がついたら、雛子にメールを送っていた。絵文字も何もいれないメール。雛子はもう自宅についただろうか?


/ブルル/

【今日は楽しかったね。またお茶しよう。
頑張れ!モモちゃん!】

エールを送ってくれてる絵文字付だった。変なの。たったそれだけのことなのに、、何だかホッとした。変なの。今夜のわたしは、何だか変な気がした。



***********

夜の薄暗い明かりで見る水沢君は、艶っぽくて妖しげだったのに、、でも朝の光りの中では彼の輝きは一層増していた。高校時代そのままのまっすぐな純粋な光りだ。まぶしくて、まともに目が合わせられない。長袖の白シャツを無造作にまくって、何の変哲もないジーンズ姿なのに、胸の鼓動が速くなる。

「すぐに、返事をくれて、、ありがとう。」

座ったベンチで、隣同士だから、彼の顔を見ずに言える。

「それから、」

すぐに言葉を繋げた。気持ちが折れないように、いつものように一人で勝手な言い訳して逃げ出さないように、わたしは覚悟する。

「あのね、説明させて。信じてくれなくてもいいから、、ああ、でも勝手な言い訳に聞こえるかもしれないよね、、」

順番も、組み立ても、めちゃくちゃだ。上手く話せる自信もない。

「けど、、恥ずかしかったから。
えっと、あのときの放課後、えっと、ほら、あの、、とき、、水沢君と、、しちゃって、、えっと、その翌々日、、友だちに言ったけど、、」

しどろもどろだ。水沢君は黙っていた。けど、今日の彼は、この間と違う。黙ってわたしを見つめる瞳に、少しだけ勇気がわいた。それはわたしの知っている彼の瞳のように思えたから。

「わたし、、水沢君の手が好きだった、、、あの、、カメ子、、えっと、今西さんが羨ましくて、、いつも水沢君に手を差し出してもらってて、、えっと、、」
「それって、俺の手だけが好きだったってこと?」

びっくりして思わず横を見た。彼の瞳と目があった。笑ってる。胸がキュンとした。

「ち、違うよ。1年のときから水沢君のこと知ってた。ときどき通学の電車の中でみかけた。背高いし、、大きかったから目立ってたし、、」
「それに太ってたしね?」

彼はクスリと笑った。そう、この顔。ずっとずっとわたしが見たかった顔。

「うん、でも気にならなかった。だって、目が優しそうで、、助けてくれそうで、、気がついたら、いつも探してた。」

///頑張って、モモちゃん///

雛子の声が聞こえた。

「えっと、あのね、、メキシコ人の血が入ってるって噂で聞いたけど、、メキシコなんてどこにあるかもわかんなかったし、あ、ごめん、、でも、ただ、へえ、って思っただけ、、だって、水沢君は日本語しゃべるしっていうか、、全然日本人だし、、外国人なんて意識したことないもん。」
「俺、日本人だし?」
「えっと、、そう、、なんだけど、この間、言ってたじゃん、わたしが、外国人だから水沢君に興味持ったって、、あれ、、違うから。全然違うから。」

そうだよ、わたしは水沢君とは違う。言葉が蘇った。


『いつも相手は外国人ばっか』


『だから日本人の女とやるの初めて。』


ゴクリと生唾を飲み込んだ。わたしは頭を振って、頭からその言葉を追い出す。その話は、今は、関係ないから。

「だから、違うの。それ、違うから。」
「じゃ、何で?」

綺麗なアーモンドの目が細められる。はっきりと彼をみなくても気配でわかる。昔から彼はいつもそういう目をしていた。人の話を真剣に聞くとき、彼の瞳は優しい色に変わる。そして目を細める。それは何かを考えているときにもやる仕草だった。

「水沢君が、、好きだったから、、」
「じゃ、キスしたあとなんで逃げたの?」
「、、、は、、恥ずかしかったから、、、」
「あんなこと言っておいて?恥ずかしかったって?」


『、、、水沢君、、キスして、、、』


顔が赤くなった。でも本当のことだ。

「だって、、水沢君があんなにあっさり承知するとも思わなかったし、、それで、、、怖くなった、、、」

あなたのキスに溺れそうで、、だから逃げた。友だちには嘘で固めて言い訳して自分を守りたかった。

「だって、水沢君こそ、、わたしのこと知らなかったでしょ?」
「知ってたよ。」

すぐに答える。そりゃ知ってるはず、わたしたちはクラスメートなんだから。

「俺も知ってたよ。1年の頃から吉澤さんのこと、、通学時に時々見かけた。特に朝、、が多かった、、かな?」
「う、、そ?」

「本当。」

またクスリと笑われた。ああ、ダメだ。胸が痛いくらい切なくなる。そんな優しい顔で笑いかけられたら、、、

「吉澤さん、、いっつもだいたい座ってた。」
「うん。」
「だけど、ときどき、困った顔してた。」
「、、、」
「中学生くらいの女の子かな?足が悪くて、その子が乗ってくると、吉澤さんいつもじっと見てた。」
「あっ、、」

見られていた。

「何度も息を吸いかけたりして、、きっと席を譲りたいんだろう、そう思った。」

見られていた。情けない自分が恥ずかしくて、逃げ出したくなった。

「だけど、吉澤さん、出来なくていつも困った顔してた。時にはタヌキ?で寝てた。」
「そう、、わたし、、最低の人間だから、、、」

「そうかな?俺、そうは思わなかったよ?」
「何で?」

彼の瞳が優しくわたしを包み込む。ああ、この瞳だ、この雰囲気、、高校時代、感じていたわたしがほしくてたまらなかったこの安らぎ。

「今西さんのこともそうだった。」
「カメ子?」
「みんながバカにしたり、笑ったりしてるのを吉澤さんは傍観してた。いや、時には、クラスメートと一緒に笑ったりしてたよね?けど、あの笑いは、空虚な笑いだったし、、」
「だけど、直接手を下さなくても見てるだけなのも、最低じゃん?」
「そうだね、見てるだけなのも加害者と一緒。だけど、吉澤さん、それもわかってたでしょ?」
「、、、」

「不器用だし、弱いし、ヘタレだけど、、心根は腐ってないと思った。」
「何で、何でそんな風に思えるの?」

泣きそうになる。本当に泣きそうになる。そんな風に思っていてくれたなんて、、

「だから言ったでしょ?俺もずっと見てたよって。吉澤さんのことずっと見てた。」
「あっ、、」
「キスして、って吉澤さんに言われたとき、胸がドキドキした。」
「うそ?」
「本当。けど、すぐ地獄に突き落とされた。」

水沢君の睫毛が伏せられ、瞳が陰って見える。本当に長い睫毛だ。

「俺、吉澤さんのことわかってたつもりで、けど何もわかってなかったのかと、あの仕打ち、打ちのめされた。メキシコ人と、ただ、キスしてみたいだけだったなんて、、メキシコの血が入ってれば、俺じゃなくてもよかったんだ、、って思ったら、」

「、、、」

「許せなかった。」

「、、、、」

「吉澤さんのことを知ったつもりでひとりよがりだった自分を嫌悪した。かいぶっていた自分もバカみたいで、そしたら、何だか吉澤さんが憎らしく思えてね、、」

憎まれてもあたり前のことをわたしはしたのだ。水沢丈太郎がわたしのことを許さなくても、仕方がないのだ。

「ご、ごめんなさい、、」

素直に言えた。

「ごめんなさい。わたし、、カメ子、、今西さんが羨ましかった。水沢君に気にかけてもらって、、だから、廊下で転んだ今西さんに水沢君が手を差し出したとき、嫉妬したんだと思う。わたし、、だから、口走った。あの言葉、、」


『、、、キスして、、水沢君。』


一瞬黙りこくってしまった。

「ん?どんな言葉?」

彼は、追及の手を緩めてくれない。どこまでもわたしを追い詰め、そして最後の最後の言葉までわたしから搾り取ろうとする。けれど、水沢君はもう怒っていない。じっと見つめる彼の顔はこの上もなく綺麗でそして柔らかな笑みが浮かんでいた。

「知ってるくせに、、」
「言って?」

彼の綺麗な顔が近づいた。

「もう一度、言ってよ?吉澤さん?」

わたしは唇を噛んだ。



「、、、キスして、、水沢君?」

声が震える。彼の顔はもう見ることができない。

「、、、いいよ。」

彼の大きな手のひらがわたしの両頬にふれる。

「あっ」

触れられたところが急に熱くなる。うそみたい、、彼の色っぽい顔がもっともっと近づいてくる。

「あああ、」

そうだ、この感触、、涙がでるくらい、、切なくて、、

/チュッ/

彼はゆっくりとわたしの唇を吸い始める。肉厚の柔らかい唇でわたしのソレを覆っていく。電流が走る。体中に熱がこみあげる。そう、彼のキスは甘くてこんなにもわたしを酔わす。罰するキスではない。温かくてわたしのドロドロとしたものさえも浄化してくれそうな、、何て心地いいんだろう、、

なのに、急に唇の熱が消えた。彼がわたしから離れたから、、

「えっ?」

不満げに彼を見た。水沢君の息が乱れていた。わたしの大好きなアーモンドの瞳が潤んで熱を帯びている。

「俺、やばい。抑えられなくなる、、」

欲情、、わたしに? 下腹がキュンとなった。

「こんなことにならないように、健全な朝を選んだのに、クソッ!」
「えっ?」

何て艶のある瞳をしているのだろう。潤んだ目でわたしを見つめる。わたしはその瞳を見つめ返す。だってもう逃げない。

「じゃ、ヤバくしてあげる。」

小っちゃな小っちゃな本当にささやかなわたしの復讐。この間からの水沢丈太郎の意地悪へのせめてもの報復。わたしの唇が今度は彼のソレを覆う。彼は黙ってわたしの報復を受け入れた。逞しい腕がわたしの背中を優しく包む。彼にもわたしの甘い酔いをわけてあげよう。


*********

青い空が澄み渡って、気持ちがいい。素直に思える。東城さんの長期出張が終わった。今日、彼が出社する。わたしは決めた。絶対に今度は逃げないって。きちんと話をしよう。自分の素直な気持ちを伝えたい。もうウソもなし、取り繕うことも愛想笑いもしない。彼とまっすぐ向き合おう。そして、、許してもらえないかもしれないけど、きちんと謝ろう。彼の優しさに胡坐をかいてちゃいけないんだ。

あの朝、結局、水沢君とはキス止まりだった。今さらなのだけれど、それは、東城さんへのわたしのケジメだった。水沢君はわたしがほしいことを隠さなかった。けれど今度は流されない。

わたしの体が、心が、もう知っている。わたしをめちゃくちゃにして、感じさせ、狂わせ、溺れさせ、体を好きなように翻弄できるのは、あの大きな手だけだから。


『そう、、わかった。』

わたしがあの日あれ以上を拒んだとき、彼はそう言った。

『待ってるよ、吉澤さん、』
『ありがとう。』

もう一度彼に言う。

『今度は逃げるわけじゃないからね?』

そうしっかり言えたわたしに彼は、またクスリと笑った。そして彼は意味ありげに大きな手をひらりひらりと振った。それはわたしに見せびらかすように、、、

『待ってるよ。』




「あっ」

杖をついた老紳士が目に入った。

「あの、、」

わたしはもう躊躇しない。

「よろしければ、この席どうぞ。」
「ああ、すみません、ありがとう。本当にありがとう。」

愛想笑いじゃない。何度も何度も頭を下げる老紳士に、わたしは本当の笑顔で応えられた、、そんな気がした。

 

-END-

前へ | 目次 | -->続編へ 

 

Copyright (c) 2013 Mariya Fukugauchi All rights reserved.

 

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system