シークの涙 第二部 永遠の愛

16.

「さて今夜はどうなさいます?ほほほ。」

目の前のサングラスの男を見つめながら、以前抱かれた夜を思い出しジーナは思わず下半身が熱くなるのを感じる。激しくて強くて、あの夜は久しぶりにジーナ自身熱情に浮かされた。それからかなりの額で11才の無垢な少女を落札したものの、その後は別段少女たちを抱いた形跡はない。ついこの間も新人の少女を紹介するに至ったが、どうやら、それでは満足できなかったらしく、この男は何もせずに少女を部屋からたたき出したというのだ。倶楽部に愛想をつかして倶楽部への足が遠のくではないかと、ジーナも多少の失望があったものの、今、その男がまた再びのジーナの前に現れたのだ。きっと、この男も、ジーナとのあの夜が忘れられなかったに決まっている。期待に胸を膨らませながら媚びるように、綺麗にトリミングされた赤い爪をそっとシタールの鍛え抜かれた腕に置いた。ジーナの指先が誘うようにツツツと厭らしく蠢いていた。

「うちの娘たちでは、ナタスさまをご満足出来るのか少しばかり不安になりますけれど。」

気に食わなければ、己の肉体を今夜も差し出すというように、ジーナは、シタール(偽名:ナタス)の腕に置いた指先を彼の手へとはわせていく。

「では、そうだな、この間のように泣かれても厄介だから、新人娘は勘弁してもらおう。この宿でも古株の勝気な少女をお願いしよう。」
「え?」

ジーナの顔が驚きで醜く歪んだ。前回、11歳の少女のために、大金でしかもポンと現金で買い上げたものの、それ以来誰を差し出しても気に入らず、何もしないまま帰っていくこの風変わりな男だ。おそらく今夜もまた気に入る少女はいなく、シタールから名指しされるべき女は自分だとジーナは自負していたのだ。この男がロリータ趣味であるというのが、どうも解せない。けれど、やはり、今夜、この男にむちゃくちゃにされるのが自分ではなく、あの小娘たちだと思うと歯ぎしりさえしてしまうのだ。売春宿の女主人としては失格なのだが、火照る体は、嘘はつけなかった。

「どうした?俺では客としてここのクラブにふさわしくないのか?不服なのか?」

憮然とした声のするシタールに、その場を繕うようにジーナがあわてた声をだした。

「いえいえ、ちょいと考えておりましてね。ナタスさまにご満足いただける娘をね、、、」

ジーナは赤い爪を噛みながら、イライラしながら頭をめぐらす。ふと言い考えが浮かんだことに笑みが浮かぶ。

「あの娘ならご期待に添えましょう。ほほほ。」

甲高い耳触りの声を出しながらジーナの指先はまだシタールの腕を彷徨っていた。スーツの上からでもたくましい鋼の筋肉が伝わってくる。またジーナの下腹部がドクンと波打った。

「いくつだ?」

シタールは腕を動かし、ジーナの指先から離れる。

「たしか、古株でございますから、15にはなっておりますよ。」

古株で15歳などとは、ではいつの年からこんなところで働かせられているのだろう。考えると吐き気が出そうだと、シタールはそこで思考を止める。

「では、部屋へ。」

シタールの言葉で十分だった。なにもかも承知したジーナはしずしずと部屋を辞した。





*****
大人びて見える雰囲気で外見も丸みの帯びた体だが、それでも体の線がまだ成長しきれてない未熟なみずみずしさを感じさせる。だが、どこか、あの女主人を思い起こさせる仕草が、まだ15だというのに、男に媚び、男を誘っていた。

「ナタスさまは、どんなことがお好きなの?」

シタールに無遠慮にすり寄ってきて上目使いでシタールを見上げた。そんな目線までもジーナそっくりだ。

「お前は、あの女主人の親戚か何かなのか?」

思わず口に出たシタールの言葉に、少女は嬉々とした顔をした。

「ジーナさまとわたしが?えええ?嬉しいわ。いやだ、ナタスさまって、お口が上手ね。」

とても未成年とは思えぬ物言いに、シタールは胸のむかつきを覚えたようだが、彼の顔は無表情そのもの。

「そんなに嬉しいか?あの女は醜い火傷の跡があるというのに?」

シタールはあえて意地悪く言ってみるのだが、どうやら、この少女はジーナの心酔者のようだ。

「だって事故だったんですよ?火傷を負う前のジーナ様はこの世で一番美しい方ですわ。」
「なら、お前は、こんな身になったことを恨んではいないのか?」
「どっちみち、うちは貧乏だったし、醜く野垂れ死をまつだけでした。それをジーナさまに拾ってもらえて、その上、こんな気持ちのいいことを、、、ねえ?」

恐らくジーナから教わった秘技のようで、小娘の指先の動きは熟練した女の手つきだった。それでもこの慣れた手つきでは、初々しい少女が好きなロリータ嗜好の男たちからは敬遠されるに違いない。じっと微動だにしないシタールに何かを感じた娘が、おもむろに口を開いた。


「わたしは、まだ慣れないお客様のお相手をする準備係なんですよ。」
「準備係?」

シタールの疑問にしたり顔で答える少女は、もう女の顔をしていた。

「ええ。ほら?ロリコンって、一般人には、ちょっと敷居が高いでしょう?興味はあるくせに後ろめたい人もいるわけで、、、だから、そういったお客様には、まずわたしが最初にお相手申し上げるんです。」
「ほおお?」
「勿論、そのときはもう少しだけ、幼い恰好はしてますけどね。それでお客様の罪悪感を捨てて差し上げるんですよ。すると、それからは、もうこのクラブの虜で、どんどん深みにはまっていかれる方々がほとんどで、、、お陰で、商売あがったり、あがったりで嬉しい悲鳴ですわ。」
「それではお前が、、、うむ、名前はなんというんだ?」
「サビーン。」

一瞬、シタールの目が光った。だが、サングラスのお陰でその動揺は少女には見えない。

「そうか。で、幼い娘たちのデビュー前の準備もお前が、サビーン、準備係なのか?」

シタールに名前を呼ばれたサビーンは、まるで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らすように甘い声を出した。

「いいえ。あんな子供たちの相手はわたしの係じゃないわ。彼女たちには、一からこういうことを教え込む担当の娘がいるんですわ。わたしは主にお客担当。どんなお客様でもお相手しますけれど、、でも、やっぱり、ナタスさまのような大人の男が、す・き。」

サビーンの指はすでにシタールの股間を彷徨っている。だが、シタールは身動きひとつしない。驚いたサビーンの指がますます淫靡に彷徨い始める。

/ガシッ/

おもむろにシタールはサビーンの細い手首を掴んだ。

「いたっ!」
「もういい!お前ではわたしの相手は無理だ!ジーナにそう伝えろ!」


/バサリッ!/

札束をサビーンの手に握らせ、シタールは背中を向けた。普通なら客に気に入られず商売もせずにすごすごとジーナの元に戻って行けば、ジーナからこっぴどく叱られるのだが、今夜は違う。サビーンはこの部屋に来る前から、ジーナにこう言い含められていた。



『いいかい?ナタスさまは上客だよ。だが、とても気難しいお方。アンタの腕では満足は出来ないはずさ。だから、寝なくていい。とりあえず、手で気持ちよくさせてやってから、アンタは何か理由をつけてあたしんとこへ戻っておいで。』


だから、サビーンはとりあえず手を使うことだけを考えていたのだが、シタールはどうやらそれすらも気に入らなかったようだ。だがサビーンの思うところとは違ったとはいえジーナの言う通りになったので、サビーンはシタールに従うことにする。

「また、お気に召せばご指名を。」

目をバチバチさせて上目使いにサビーンはシタールを見上げ、部屋から出ていった。

/バタン/

甘ったるい香りだけがシタールの鼻腔を占領していく。



/ドサリ!/

「ふうう、、」

シタールは心底疲れたと言わんばかりに大きな吐息をはいて、ドカリとベッドの上に座り込んだ。

(まったくたいしたタマだ。アンタとおんなじ名前だが、さしずめ、アンタよりも女らしいかもな?)

一人ニヤリと笑い、シタールはサングラスの中で片目を閉じた。まぶたの裏に、すぐさま、ゴージャスな茶色の巻き毛をふわふわと肩で揺らす美しい女の顔が過った。



///あなた、死にたいの?死にたくないんでしょっ?!だったら言う通りにしなさい!///



女の怒号が耳に響く。彼女を思い出すときは、いつだって怒っている顔だ。けれど怒っているのに、何故かたまらなかった。いつかこの腕の中で、あのじゃじゃ馬を大人しくさせてみたいものだ、、、そんな埒もない考えが浮かんだ。

(俺も、だいぶ、疲れちまってるようだぜ。まったく!)

再び片目を開けて、壁を凝視する。リドリーから言い渡された期間は、あとわずかだ。なんとしてでも、黒幕をつきとめなくては、、、そのためにはまずお眼鏡に適う少女を見つけなくてはならない。

ジーナに言われ、次にやってきた少女も、またその次も、全く役に立たなかった。シタールは少しだけ会話をして、また落胆のため息をついた。だてに、暗黒の仕事をしているわけではなかった。人を見る目は十分で、今、このとき、どんな少女が自分の役に立つのかはわかっているつもりだったが、肝心の理想の少女が見つからないのだ。ジーナには、何とか理由をつけて、今夜は帰ることにした。また、明日来ればいい、そう思っていた。最後の少女も、役に立たないとわかったとき、シタールは帰る準備を始めた。

「お客様、玄関までお見送りを。」

シタールの失望を一身に受けた少女が震える声でささやいた。何もされなかったのだから喜ぶところなのに、少女は失態だと思っているらしく怯えていた。

「心配するな。女主人にはお前のことは言わん。とっとと部屋から出てってくれ!」

低く唸る声は、少女の体を益々震えさせる。客の気が変わらないうちにと思ったらしく、少女は早々に出ていった。続いてシタールもベッドから立ち上がり部屋を出ようとした途端、扉がノックされる。

/トントン/

シタールは一秒たりともこんなところにいるつもりはない。扉のノックを無視するつもりで、自らドアノブをガチャリと回す。ノックした相手と話すつもりはないとばかりに、大股で足を勢いよく踏み出して大きな体を扉の外へむんずと現した。どうやら、廊下でシタールの返事を待っていた相手は、いきなり彼が部屋から出てくると思わなかったらしい。

/ドスンッ!/

シタールの大きな体に何かがぶつかった。

「あ、痛っ!」
「そこにいたのが悪い。どいてくれ!」

よろけた少女の腕を引きながら、シタールは尊大に言い放った。少女は大きな相手にひるまないようにと瞳にぐっと力をいれて見上げる。シタールのサングラスに少女の顔が映っていた。年の頃は、先ほどのサビーンと同じような年頃だが、サビーンとは違って、素肌がまぶしかった。

「お急ぎのところは承知しております。3分だけお話を聞いてください。」

凛としてピンと背筋を伸ばした少女は、利発そうで、思わずシタールの眉があがった。

(この娘は、使えるか?)

自問自答するシタールだが、その答えを瞬時に判断し、シタールは後ろ手のドアに手をかけた。

「わかった。約束は守ってもらうぜ、3分きっかりだ!」

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