シタールは着々と倶楽部の内情を把握し、かなり詳細がわかってきた。だからこそ早急にシタールの協力者をジーナの近しい者から選ぶ必要があったのだ。アバのお陰でシタールの任務は順調に進む。そしてもうすぐ勝利は目前だ。この勝利という贈り物を自分の崇める恩人リドリーに捧げることが出来ると思うと、シタールの胸は逸るのだ。そしてこの勝利の貢献にはアバの存在は欠かせない。
シタールの第六感は正しかった。色々な少女たちを試しながら、最後に部屋の扉をノックした少女、アバは、シタールの期待以上の働きをしてくれている。彼女は、倶楽部の少女たちの状況やジーナの様子、また客の正体などを事細かにシタールに報告し、今やシタールの絶大な協力者となっていた。これなら、まもなく高級少女売春クラブの壊滅は時間の問題だろう。だが、シタールの顔色はすぐれない。それは、アバという少女のことが彼の不安を煽るからだ。アバの働きは申し分なかった。だが彼女はあまりにも忠実で危険を恐れていない。時折アバの視線がシタールには痛い。それはまるで神々しいもののようにシタールを見つめる。15年間しか生きていない命すらも、彼のためならば、何の惜しみもなく捨ててしまいそうで怖いのだ。
「やっと誰かのために心から働けるんです。わたしの願いが本当に叶っているんですもの。」
ことあるごとに、アバはそういって迷いのない瞳でシタールを見上げる。彼女の瞳を自分の汚れきった瞳に映すたびに、シタールの深い奥底に押し込んでいた罪悪感が今にももたげてきそうになるのだ。初めて会ったときのことをシタールは思い出していた。
『お前は、なぜここに?』
直感だけでアバを信用することに決めたシタールだが、常々不思議に思っていたことがあった。アバの見てくれは悪くない。同い年の妖艶な少女サビーンとは異なるものの、アバには年相応の魅力があった。顔が美しいというよりも、瞳がたまらなくキラキラしていて、人生に疲れた大人なら誰でもふと手にとりたくなるような、草原に咲く清涼な花のようだ。なのに、アバは、倶楽部に拉致されてきた幼い少女たちの面倒や、宿の下働きのようなことをしている。シタールがいつここに来ても、彼女が客と過ごすことはないように思われた。その疑問がシタールの口から思わず突いて出た。アバはこう答えた。
『ある日突然、ジーナが孤児院に現れ、わたしを連れ去りました。あとでわかったことなのですが、院長に金で売られたようです。』
利発そうな瞳が少しだけ寂しげに揺れていた。アバは、シタールの見立て通り、少女サビーンと同じ年、15歳だった。幾様にも表情を変えていく瞳は魅力的で、決して醜くはないにもかかわらず、彼女はなぜか倶楽部の裏方に徹している。
『お前は客をとらないのか?』
15歳の少女が客をとる、とらないとは、残酷な問いだが、シタールの顔は無表情だ。
『わたしは、醜いから。』
その言葉にシタールの頭が無意識にかしげた。
『目に見えるところじゃないんです。』
アバは何でもないとばかりに、前ボタンを次々に開け始めた。ブラウスから覗き始めた肌は若々しく瑞々しい。まるで白磁のようなまばゆさで、、、だが、ブラウスの前がハラリと全貌を露わにする。
ーーーうっ。
さすがのシタールも呻き声をあげた。目の前に広がった、黒ずんだ痣が胸から腹に、そして背中にも広がっていた。そしてよく見ればところどころがえぐれていて肉が引き攣っている。本来ならば成長期の丸みが帯びてくる柔らかな胸さえも、その傷と痣はその成長すらも抑え込むように、引き攣ったいびつな形をしている。
『驚いたでしょう?こんな醜いわたしを大人たちがほしがるわけないでしょう?』
『それは、どうしたのだ?』
緊張を隠すように、シタールは指先で唇を触っている。
『痣は生まれつきです。そう院長に言われました。』
『親は?』
『さあ?物心ついたときから孤児院でしたから。』
だから、幼ない子供たちの世話は得意なのだと、アバは笑った。だが、シタールの薄い唇は閉じられたままで、アバに話の続きを促している。
『わたしのこの痣は大きくなるにつれ、体中にどんどん広がっていきました。別に何とも思わなかったけれど…』
口を重くしたアバだったが、ポツリポツリと語り始める。ある日、新しい男の職員が施設にやってきた。どうやら、見習い生だったらしく、年配が多い職員に慣れていた施設の子供たちは、その若い男性職員に興味しんしんで、彼はあっという間に孤児院の人気者になった。持ち前の明るいアバに、青年も優しく声をかけてくれるようになった。アバだって年頃だったから、彼を意識したのは当然だった。だが、大人たちの会話をふと耳にしたアバは愕然となった。
『あの子に随分優しくしてるみたいじゃない?』
『?』
『ほらアバよ!』
女性職員たちがその青年を囲みながら、ヒソヒソと廊下でしゃべっているのが聞こえた。
『ああ、とても素直な子ですよね。』
青年が屈託なく笑うと、一人の醜い職員がフン!と鼻を鳴らした。
『まあね、せめて愛嬌ぐらいはないとね?』
『?』
『あの子の体、どす黒い痣があって、もう気持ち悪いったらありゃしない。』
『そうそう、あれ、伝染るんじゃない?』
『やっぱり?わたし1回だけあの子のあとにトイレに入ったら、なんだか、体中に湿疹ができたわ。』
『やあだ?気味悪い。早く18になって、こっからとっと出ってもらいたいものよ。ね?』
職員たちが、次々にあることないことでアバの痣を攻撃してくる。そこで働いている女たちは、アバの明るく穢れのしらないまっすぐさを疎ましく思っているのだ。そんな女たちの口から次々へとこぼれ出る悪意の言葉に耳をふさぎたくなったけれど、青年だけが唯一の頼りだと思って、アバはじっとその場をう動かなかった。
『そんなにひどいんですか?その、、痣?』
明らかに青年の声に興味の色がうかがえた。
『怖いもの見たさなら、見てみれば?あれは、性病の一種だと思う。』
『でもアバは、まだ10歳じゃないですか?』
『バカねえ、あの子、もう初潮もあるし、あれで結構お盛んよ?小遣い稼ぎもしてるんだから。』
アバが密かに押し花の内職をして稼いだ小銭に、そんな尾ひれがついていた。
『人は見かけによらないんだなあ。』
驚いた声を出した青年だったが、最後はすっかりと納得したように、そうつぶやいた。
『アンタ、ゲテモノ好きならあの娘とやっちまえば?ひひひ。』
『え?』
『ザラザラで獣みたいな肌だもの、動物とやってる気分は味わえるかもね?ふふふ。』
全くの嘘だった。けれど青年の声があわてた。
『やめてくださいよ!俺は、そんな汚ねえ肌なんて考えただけでもヘドが出ますよ!』
青年は怒ったような口調で、怒気を強めた。覚えているのはそこまでだった。アバは、すでにその場を逃げるように後にした。そして、ハサミで、カッターで、部屋にあった切れるものなら何でもよかった。自分の痣を粉々に切り裂きたかった。体を切りつけて、えぐって、痣を切り取ろうとした。体中の痛みよりも引き裂かれた心のほうが痛かった。血だらけになった体よりも、侮蔑を受けた心が汚されて行くようで辛かった。がむしゃらで体を傷つけた。その後のことは全く覚えていなかった。
次に思い出せる記憶、それは病院の薄汚いヒビだらけの壁だった。幸い命に別状はなかった。けれど、体は前よりもひどくなり醜くなり、誰もが目を背けたくなるようなありさまだった。そのお陰でアバはやっと己の醜さから諦めることを学んだ。誰からも期待されなかったし望まれることもなかったし、それでいいのだと自分に言い聞かせた。そして彼女自身も、生きていくことに、何も望まなかった。
「ふん!バカなことをしたもんだ。」
シタールは同情の余地も見せず冷たく言い放った。
「ってことは、孤児院の院長はお前の痣を知ってて、ジーナにお前を売りつけたわけだから、一番あくどいのは、どうやら、院長ってことだな?え?」
あのジーナでさえも騙す人間がいて、世の中には外道の外道がいるもんだと、シタールは笑った。
「ま、俺も人のことは言えんがな?」
自嘲気味にニヤリと唇をあげたシタールに、アバは食ってかかった。
「いえ、あなたは、わたしたちに救いの手を差し伸べてくださる。あいつらとは全然違います!あなたは私が必要だとおっしゃった。だから、わたしはあなたのために命だって惜しくないのです。あなたのやられることは、神さまのようですもの!」
また、キラキラと純粋な瞳を向けられてシタールは押し黙った。それを無視するように不愛想な声音を出した。
「さて、裏帳簿と顧客名簿は手に入りそうか?」
現実に戻ったシタールは本来の目的を口にした。アバは黙って頷いた。
「仰せのままに。ご指示を下されば、今すぐにも手に入れてみせます。」
真一文字に閉ざされた少女の決意は固い。彼女は命を懸ける覚悟のようだ。」
「いや、待て。まだ動くな!データーは最後の最後に盗めばいい。それまでは決してこちらの動きを悟られるな!今は、とにかくジーナや店のものたちに、俺たちの企みを見破られないように、気をつけろ!」
シタールの最後の言葉はアバの気持ちをもう一度引き締めるには十分だった。現在、シタールはアバのお陰で顧客のおおよそは把握している。顧客には想像を絶する国内外を問わない大物がずらりと並んでいた。もし、これが公になれば、国の一大事にもなりかねない誰もが名前を知る政財界の重鎮などが、このメンバーの会員に名を連ねている。リドリーの意図は、リストを公表することではなく、少女たちの保護と王国の恥部を葬ることだった。現在、リドリーの部下たちは、証拠集めに奔走している。アバの情報をもとに、顧客と倶楽部との接触写真を撮ったりしているが、いかんせん遠目からのシャッターのため決定打にかける。また銀行などに圧力をかけ、倶楽部への会員たちの金の流れなどを把握しようとしているのだが、どの客も用心深く、金は現金でしか動かしていなかった。そのため、どうしても、顧客名簿や、金銭帳簿、また不正証拠の裏帳簿などが必要だった。
アバは時計をちらりと見やって、そろそろという風にシタールを促した。結局シタールが頻繁に倶楽部に出入りするには、アバに執心して通っているとジーナに見せかけるしかなかった。その点、ある意味アバは好都合だった。シタールがサディスティックな倒錯趣味の持ち主であることをジーナに信じ込ませた。
『俺はな、いろんな暗黒で働いて、戦場でも生き抜いてきた男だ。単にかわいいだけじゃものたりねえんだよ。』
アバを指名する理由をジーナに告げた。
『あの少女の傷は、ゾクゾクする。あの赤黒い痣や、えぐれた傷に触って、俺のものをこすらせて、、、たまんねえな。それに、俺の手で、また傷をつけてやるのも一興かもな?』
敢えて下品な言い方でニヤリと笑った。ジーナは眉間にしわを寄せたが何も言わなかった。シタールの言葉はジーナの疑問をほどくのには時間はかからなかった。あまりに現実味帯びていたからだ。自信家で性的魅力にあふれているシタールのような男が、ロリコンに走るというのは、ジーナには信じがたかったこと。だが、それも生死をいつも意識しなくてはならない暗黒街で生き抜いてきた男の事情では仕方ないように思われる。おそらく神経はすり減り精神はボロボロで尋常ではなく、極端なサディスティックな行為を好むようになったに違いない。ましてや、その興味が少女に及び、特にアバのような醜い体に異常に興奮するというシタールの異常性は狂気に近い。それ以来、シタールが頻繁に倶楽部を訪れ、必ずと言ってアバを指名することに、ジーナは何も言わなくなった。それどころか、女主人とすれば、使い物にならないと思っていた娘が結構な金で売れることに文句はなかった。
『ほほほ、でも虐めるのもほどほどになさって、、ね?』
しなをつくってシタールのたくましい腕をそっと触ったジーナは満足そうに微笑んでいた。まるで、アバに飽きたらいつでもわたしがお相手しますよ、というほどに唇は艶を帯び淫靡に上がっていた。
「今日はいいんじゃないか?」
アバがくいっと首をシタールの前に差し出したので、シタールは首を横に振る。
「いえ、最近では、ナタスさまとの後に必ずサビーンがやってきて わたしの体を見たがるのです。」
あの小賢しい子ぎつねのような媚びた少女を思い出し、シタールは眉根を寄せた。なるほど、今が正念場かもしれない。情報ではシークは現在ナイヤリシティに滞在中だという。もうすぐ勝利も目前であり、ちょっとした糸のほころびから疑惑を生んではいけないのだ。
シタールの大きな両手のひらがざっと広がり、まるで鷹の羽のような素早さで、華奢なアバの首を絞めた。
///ぐっ…///
アバの喉がなった。
///ぎりぎりぎり///
シタールの指先がアバの喉元を締め付ける。明らかにアバの顔から血の気が引いていく。
「もう少しだ。我慢しろっ!」
シタールが呻く。アバの目は充血しており、瞳から涙が一筋流れた。その刹那、シタールがいきなり手を緩めた。反動でアバの体がふらりとなった。シタールの大きな手は、今度は白鳥のように優しく彼女の体を支え引き寄せる。
「はあ、はあ、はあ、つ…つきまし…たか?」
息も絶え絶えで目を瞑りながら、それでも必死になってシタールにアバは尋ねた。
『ああ、くっきりとな。』
その答えを聞いて、アバはほっと息を吐いた。シタールの手はアバの背中を優しくさすっていた。アバの白く細い首には、シタールの指の跡が、しっかりとついて赤黒くなっていた。もうしばらくすれば、その内出血は茶がかった紫色に変化をするだろう。まぎれもなくアバの体には、シタールが無体をしいた痕がはっきりと残ったことになる。
『ありがとうございます。』
分をわきまえている少女は、そっとシタールの体から離れた。シタールはすぐに踵を返し、ドアノブに手をかける。
『また、連絡する。』
掠れた疲れたような声だった。
皆さま、お久しぶりでございます。
前回アップしてからもうすぐ丸4年(;'∀')
実際前回の終わりから、どんな展開か?
はっきり言って作者本人も忘れていて(;'∀')
次回はちょっと己の復習のために
ちっとレビューあらすじを書こうと思っています。
せめて登場人物紹介だけでも作っとかないと、そう思ってます(;'∀')
もう、すっかり忘れ去られてるサイトだと思いますが、
万が一、ここにたどり着いてきてくださった方々には感謝御礼と、
ホソボソではありますが、シークの再開を致します。
福垣内マリヤ拝m(__)m