シークの涙 第二部 永遠の愛

3.

〜ふわあああああっ、〜

嬉しい空気が駆け抜けている。最近のモイーニ家は華やいで和やかだ。以前は、いかめしいモーセと、ラビなどの男たちしか訪れなかった色のない屋敷では、長年屋敷を一気に司っているタマール夫人を始め、使用人たちは息を潜めながら空気を吸っていた。ところが、ありがたいことにこの屋敷の主は、東洋の日本からやって来たハナを嫁にもらった。若いハナは、今年23になるし、また最近では、幼いエティが屋敷の中をウロウロしている。二人とも言葉を発しないけれど、その分、満面の笑顔からこぼれだすその表情は見ている者たちの心を、この上もなく温かく癒してくれる。

「走るな、馬鹿、エティ!」

ダリオが屋敷に顔を出し、待っていましたとばかりにエティがかけよった。まるで明るい虹がかかったように、あたり一面ほっこりとなった。

/ドスン、、/

「へ?」

エティはダリオを通り過ぎて、ラビの膝を捕まえた。

「おや、エティ?ちゃんといい子にしていたかい?」

12歳にしては小柄なエティの頭をラビは嬉しそうに、そっと撫でた。

「何だよ、ひでえな?エティ?ちぇっ、ラビ先生に浮気かよ?」

ダリオが口をとがらかせたので、傍で見ていたハナが口に手をあてて体を動かした。可笑しくて笑っているようだ。

「あっ、何だよ、ハナ!何笑ってんだよ?!」

言ってからダリオは肩をすくめた。同時、ラビが眼鏡をクイっとあげ厳しく叱る。

「ダリオ!」
「は、はい、す、すいません、奥さま、、、」

ダリオとエティは、ひょんなことからハナと知り合い、言ってみればハナの恩人である。彼等の両親は、二人がモノゴコロついたときにはもうこの世にはいなかった。天涯孤独の身よりの兄妹は、ひっそりと、たくましく二人で路上で生きてきた。




【モーセ、、お願いがあるの、、、】

ある日、サラサラとスケッチブックに書かれたハナの文字を見て、モーセの眉が上がった。

【わたしの命の恩人を助けてほしい、お願い。】

ハナの漆黒の瞳がキラキラと燃え、モーセを見つめる。イチもニもなくハナの願いを叶えてやりたいモーセだが、彼のシークとしての本能がかろうじてそれを押しとどめる。ラビを呼び、ダリオとエティの兄妹の綿密な調査が開始された。結果、ダリオは今ラビの責任の下、ビジネスマンとしての『ABC』を学んでいるのだ。




<ダリオ、いいのよ、ここではハナで、、>
<で、でも、、、>

二人は英語の手話で会話をしている。ダリオはハナに言われたところで、ラビが承知するわけがないと、チラリとラビを見た。ラビの眉が驚いたようにあがり、ハナがクスリと笑った。

「何です?ハナさん?これは、ダリオへの教育的指導です。」

ハナはサラサラとスケッチブックに字を書いていく。

【ええ。ラビ、ありがとう。いつもダリオのこと面倒みてくれて、、でもダリオとわたしは友だちだから、せめて気心の知れた人たちといるときは、ハナってよんでもらってもいい?】

ハナの大きな瞳がラビを見つめる。ダリオもあわせてラビを見つめる。4つの純真な瞳に凝視されて、ついでにエティまで下から見上げてくるものだから、さすがのラビだってお手上げだ。

「わかりました。わかりました。ハナさんには敵わない。」

降参とでもいうように、ラビを両手を胸の前で振った。

<ありがとう!>
「けれど、本当に気心の知れた人たちの前だけだ、ダリオ!」
「はい、ラビ先生!」

ハナが満面の笑みで何度もラビに頭を下げた。ダリオも会社ではちゃんとするよと自信ありげに胸を叩いた。

実はラビだって、けじめのために、ハナがモーセの書類上の妻になったときから、奥さまと呼び始めたのだが、ハナをそう呼ぶ度に、肝心のハナが返事をしてくれなくなった。ハナにしてみれば、ラビには前とかわらずに自分の名前を呼んでほしかったらしく、ラビが『奥さま』と呼ぶたびに、わざとぷいと横を向く。ついにはラビも降参して、昔通りに、『ハナさん』と呼ぶことに落ち着いた。

「さあ、帰ろう。」
<ええええ?!>

エティがまだいいでしょう?とばかりにハナの下へと逃げていく。ダリオが兄貴風を吹かせた。

「エティ!聞き分けのないことを言わないの!シークのご迷惑になるぞ?」

モーセはラビが来るより前に帰宅しているはずだった。だがエティがいるときは、ハナと彼女が寛げるように、彼は書斎にこもる。勿論、ハナと二人きりだと仕事にならないから、エティが来ているときは、落ち着いて仕事に集中できてありがたいのだが、書斎にこもる別の理由があった。エティは、ちっとも物おじしない。そのかわいらしさや、口がきけないのをものともせず、体いっぱいで言葉を伝えようするさまは、まるでミニハナのようで、先ほどのラビではないが、ハナとエティ、二人がかりにあえば、さすがのモーセも威厳も何もかも地に落ちていきそうだ。なので、エティが遊びに来ると、モーセは書斎に逃げ込んでいくと言うのが現状で、幸い、モーセの威厳は未だ保たれているようだ。



「ハナ?」

丁度、ラビたちを見送ってハナが玄関から戻ってきたタイミングで、モーセが大きな居間に顔を出した。

「ラビ、、たちは帰ったか?」

それを知っていて書斎から出てきたモーセだが、平然とした態度でハナの前に立ちはだかる。ハナは素直に、頭を縦にふる。やおら、、

<あ、、、>

ふわりとハナの体が空に浮く。気が付けばいとも容易くモーセの胸の高さまで抱えられ、モーセの薄茶色の美しい瞳がとても近い。いわゆる、ハナをお姫様抱っこをしているモーセだが、片手でも軽くもちあがるくらいに、モーセの腕はたくましい。

「さて、、」

モーセの唇が、臆面もなく、ニヤリと笑う。

「モシートお坊ちゃま、、、」

モーセが生まれる前からこの屋敷一切を取り仕切っているタマール夫人がつい昔の呼び名で声をかけ、ギロリとモーセに睨まれ肩を竦めた。

「あらま、失礼。シーク。お夕食はいかがいたしましょう?」

モーセはすでにハナを抱え、夫人に背中を見せる。

「夫人、野暮なことを聞くな。」

あっぱれというくらい、堂々と言い放つモーセの後姿を見ながら、さすがの夫人も頬を赤らめた。

「まったく、、、ハナさんを壊さないでくださいな、、、」

ついつい、無体なモーセに夫人の小言が漏れた。モーセの腕の中にすっぽりおさまったハナは真っ赤になった。タマール夫人から見えないように、益々体をちじこませ、じたばたと動く。ガッシリとした厚い胸板と腕でしっかりハナの体を包み込みこまれ、もう抵抗しても無駄だとわかったハナは、ただ諦めたようにモーセの腕の中でおとなしくなった。

モーセに求められるのは嬉しくてしかたがない。こんな貧相な体の何がいいのか、、ハナを見つめるモーセの視線は焦げてしまいそうなくらい熱い。今夜も我慢がきかないというくらい、乱暴にハナの服を脱がしていく。モーセの器用な長い指先にかかれば、あっというまに脱がされ、下着から雪のようにまっしろなハナの小さな胸が顔をだす。彼は、迷うことなくその小さなピンク色の突起を舌でころがし、ハナの反応をうかがう。もう、モーセは知っている。ハナの体の隅々を、ハナ以上に熟知している。どこがいいところなのか、どこをどんなふうに触ればハナが感じて、やがて、体をしならせて啼き始めるのか、ハナが懇願するように快楽へと溺れていくのか、何もかも承知だ。そのくせ自分はいたって余裕のようで、いつだってハナだけが焦らされ、辛くて辛くて、意地悪をされているようでたまらない。けれど、モーセの瞳だって、ずっと欲望の火は鎮まらない。彼は、まぎれもなくハナを欲し、狂おしいくらい愛しくて仕方がないように見える。

「ハナ、、行くぞ!」
「うう、、」

もう、ハナはこらえきれず腰を弓なりにそらし、モーセの動きに狂うほどに体が揺れる。瞳に涙を浮かべ、その瞬間が昇りつめていく。モーセの抽挿はゆっくりで、不定期で、時折浅く、ハナを油断させ、そして激しく深く突く。狭いそこをぐいぐいと入り込んでは、擦りあげていく。

「う、う、、うう、、」
「ハ、、、ナ」

ハナの苦しげな息使いと、モーセが甘く囁く声が、寝室に静かに響き渡る。モーセの唇が切なげに吐息を吐いた。

「ハナ、、」

刹那、ハナの中でモーセのものが一段と広がり大きくなる感覚に襲われ、内臓も何もかも飲み込まれていくようで、、、ハナの体がビクン、ビクンと痙攣をし始め、モーセは満足したように一気に淫欲を吐き出した。

今夜も、モーセは避妊具を欠かさない。ハナとセックスをしても、彼はその証すらもハナの中に残してはくれない。抱かれて求められて、嬉しいけれど、モーセの宝物のひとつになれたのも歓びだけれど、、人間とは愚かな生き物で、欲深いことを思い知らされる。今は、モーセとの愛の結晶がほしくてたまらない。けれど、ハナはそれを怖くて口に出せずにいる。



『シーク、あなたはお若く実に精力的だが、生物学的にいってもそろそろ子孫を残すことを考えていただきたい!』

数週間前、かなり過激な長老たち数人が屋敷を訪れた。ハナが挨拶に出る必要はないというモーセの伝言をタマール夫人がハナに伝えてくれた。だが、ハナはそれでも長老たちに挨拶をしたいと思った。たとえ、疎まれていたとしても、少しでも自分のことをわかってもらいたい、そう思い、客間の扉の前に立った。怒号が聞こえてきた。長老たちの興奮した声だ。


『わたしたち長老の反対を押し切って、異人をモイーニ家の籍にいれてしまった。ああ、なんということじゃ!』
『としても、子供だけは、どうか、由緒あるトリパティ族の血筋に相応しい血であってほしい。あの女を孕ませてはならん!』
『『『そうじゃな、その通りだわい!』』』

長老たちの叫ぶ声に、モーセは何も反論していなかった。

『あの東洋人をシークが愛人にしたいなら、そうすればよい!だが、シークの子孫は、正統なペルーシア人の血を持った礼節をわきまえた女が母でなくてはならない!』

凛とした長老の後に続いて、モーセの声が、はっきりと廊下で茫然と立っているハナの耳にも聞こえてきた。

『血圧があがるぞ?じいさんども!だが、心配するな。ちゃんと考えている。』

ハナはその場に崩れ落ちるように、へたりと座り込んだ。ハナにはペルーシアの血は流れていない。ハナは日本人で、体に流れているその血は変えようもない。モーセはハナを愛してくれている。けれど、モーセのDNAを残す女はハナではないのだ。その事実を知って、ハナの胸は悲しくて切なくて、、、モーセはハナに、モーセの全てをくれないのだ。何も望まなかったくせに、愛され始めたハナは、この上もなく欲深くなった。ハナは己を自嘲した。これだけ可愛がられ愛されているのだから、満足しなくては、、、そう自分に言い聞かせる。



モーセがハナから体を離したとき、ハナすらも知らぬ間に涙が流れた。びっくりしたように、モーセが驚きの声をあげた。

「痛くしたか?何故泣いているのだ?」

答えられるわけがない。浅ましい女だと思われるにきまっている。ハナはただただ頭を横に振るだけだ。だが、目がますます熱くなって、涙があふれ出る。モーセの瞳が心配そうにくゆる。

「ハナ、どうした?言ってごらん?」

何て優しい声を出すのだろう?低い声なのに、ハナの心をすべて掠め取って行くような甘い声だ。

「ハナ?」

それでもハナは唇を噛んで、嫌々をするように頭を振った。そして、見つめられているモーセの瞳に、心配しないでとでもいうように笑いかけた。ハナは気が付かなかったかもしれないが、その笑みは、とても寂しげで、モーセの顔が苦しげに歪んだ。




ハナがやっと眠りについたようだ。ハナの安らかな規則正しい寝息を聞きながら、モーセはじっとハナの寝顔を見つめる。盛りのついた猫のようだと、己の浅ましさを嘲笑った。ハナに結局夕食も食べさせず、無体なことをしてしまった。だが、離れた傍からハナを征服したくなる。ハナの中に己自身をねじ込み猛り狂い、彼女を啼かせたい。もっと、もっと、ハナが泣きながら懇願して、彼女の世界がモーセ一色に染まればいい。

「ハナ、、、」

幼子のような無邪気な顔で眠っているハナの柔らかな髪をそっと撫でた。だが、ハナはもう男を知っている。モーセを知っている。達くときの泣きそうで、それでいて淫らな女の顔だ。モーセを誘惑する小悪魔のような顔だ。

「まいった、、、ハナ。」

モーセの胸に去来するもの、、、それは、ハナが自分を呼ぶ声。快楽の淵に追いやられ、二人で一緒に達くときに、モーセ、、、そう言って自分の名を呼ぶハナを見たい、ハナの声を聞きたい。抱くたびに、その想いはどんどん強くなる。彼女が自分の名前を呼んで、無邪気に笑いながら楽しそうにしている。そんなことを想像するだけで、彼の心が切なく痛んだ。モーセはもう一度闇の中で自嘲した。

(まいった、、、こんな小娘にやられるとは、、、、)

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