シークの涙 第二部 永遠の愛

5.

セッションを終えたハナとエティは、サビーンと一緒にホテルのランチを楽しんでいた。大概セッション後、こうしてサビーンと楽しいひと時を過ごすのは、いつものことで、サビーンとランチができるセッションを、ハナはことさら楽しみにしている。ホテルの従業員とは顔なじみのエティは、先ほど昼食を終えて、休憩中の従業員に連れられて、ホテルのお子様遊戯室に遊びに行ってしまった。今は、ハナとサビーンはゆったりとした午後のお茶を楽しんでいる。豪華なラウンジにはお茶を楽しむ客で込み合い、あたりは爛々茶の甘い香りに包まれていた。

「ねえ、あなたたち、まだ子供作る気はないのでしょう?」

唐突に言われたサビーンの言葉も、別段周囲を気にすることはない。今はエティもいないので、サビーンは日本語で、ハナは英語の手話で話を返しているからだ。ただ、ハナの顔が一瞬曇った。

<モーセは、、、ほしく、、ないのかも、、、>
「バカね、モーセはほしいに決まっているでしょ?!」
<そうかな?>
「シークの立場からしても子孫は絶対的に残さなくちゃいけないんだし!」

サビーンはハナの杞憂を知らないだろうが、どんどん確信に触れてくる。ハナの胸がチクリと痛んだ。

<でもね、サビーン、わたし外国人だし、、、.>
「だから何?」
<あ、うん、、トリパティ部族の跡継ぎはペルーシアの正当な血筋を持つものが相応しいんでしょ?>
「何それ、いつの時代よ?」

サビーンはそんなことは取るに足りないといわんばかりに、一笑に付した。

「あのね、王国の王子だって、ほら、覚えてるでしょ?ヨーロッパの血筋が入っているのよ。」
<え?>
「トリパティ部族だって、モーセの血統さえ継いでいれば、全く問題ない話よ。」
<そ、、そうなの?>
「そうよ。どうした?また何か悩んでるの?さっきのエティが言っていたことと関係があるの?」

エティが、ハナが泣いていたと言う話をサビーンは思い出し、いきなり、何かを思いついたように、声が大きくなった。

「あ、また、モーセね、あのバカ、何か言ったの?ハナを傷つけた?本当に我が従兄弟ながら、無神経なんだから!」

烈火のごとくサビーンが怒りそうになり、ハナはあわててぶんぶんと頭を振った。

<ち、違うよ。サビーン。モーセは何もしてない。何もしてないから、、、>
「モーセね、ハナのことになると途端に空回りしちゃうのよ。ごめんね。でもカワイイとこあるじゃない?だって、ああみえて、あの尊大な男、女性の扱いはそこそこにうまいんだけど、ハナが絡むとまるで幼稚園児のようにどうしていいかわかんないのよ!ハハハ、笑えるわ!」

サビーンは豪快な笑い声をたて、周囲の人々の注目を浴びた。彼女の容姿は、さすがにモイーニ一家の血が流れているだけのことはあり、豪華な巻き毛の茶色の髪の毛に負けないくらいの、派手な顔立ちは、見事なまでも美しい。体も女らしい曲線と細い腰つき、スラリと伸びた長い脚、腕、それらがバランスのよいスタイルを作り上げている。ハナはいつも羨ましく思っている。自分もサビーンの半分くらいスタイルがよくて、胸も大きければ、モーセだって誘惑に負けて己の子を成そうするのではないかと、情けない考えも浮かぶ。

「こおら、落ち込んでないの!お腹の中をぶちまけなさい。ここに、ためこむのはよくないのよ?」

サビーンは豊かな胸をポンポンと叩いた。

<あのね、、、それが、、あのね、、、>

思い切ってサビーンに打ち明けようとしたハナだが、どう説明していいのかわからない。セックスは毎日のようにしているのに、避妊具をつけてするのが不満だなんて、どう話せばいいのか。あまりに下世話な内容に、思わず真っ赤になった。ユデダコのようなハナの様子に、サビーンはあたりをつけた。

「どうしたの?モーセに激しく求められすぎて困る?少しは休ませてほしいとか?」
<え?>

サビーンは冗談交じりにそんなことを言う。ハナの悩みとは違ったことを指摘された。だが、毎日求められているのはまぎれもない事実だ。サビーンは何故、ハナが毎晩モーセに抱かれていることを知っているのだろう。どんぐりのように、ハナの目が大きく開いて固まってしまった。

「ふふふ。モーセの様子、見てれば、わかるわよ。ハナのことがもう可愛くて可愛くて、たまらないんだもの。そのうち食べられちゃうかもよ?」
<、、、、>
「でもね、あんなモーセ、初めて見るわ。従兄弟殿との付き合いは長いけど、女性にはいつも一線を置いて付き合ってきた彼が、ハナだけは特別なのね。彼の懐に入れたのは、ハナ、あなただけだもの。もっと胸を張って堂々としてればいいのよ。」

サビーンの言葉は素直に嬉しかった。モーセが自分を大切にしてくれるのはハナも痛いほど感じていた。ならば、どうして自分に子供を生ませないようにするのだろうか?

<あのね、サビーン、モーセね、いつも避妊するの。>
「ん?」
<ええと、どんなときでも子供を作ろうとしないの。>
「ハナは子供ほしいの?」

何となくサビーンは何とも複雑な顔をしていた。

<うん、早く家族を作りたいの。モーセと一緒に暖かい家族を作りたいの。>

それはハナの切実な言葉だった。そしてハナの過去を知っているサビーンにとっては胸が痛くなるくらい彼女の気持ちがわかった。

「そうか、、そうだよね、、、」

しんみりとサビーンは相槌を打つ。

「でもね、ハナ、、あなた、まだ22歳でしょ?」
<ううん、もうすぐ23歳になる。>
「いずれにしてもまだ若いから、、多分、モーセは、若いあなたにまだやりたいことをやらせてあげたいんじゃないの?」
<え?>

「だって子育てって、すごく大変なものよ。未だ独身のわたしの言葉じゃ説得力ないけど、、」

クスリとサビーンは自虐的に笑った。

「だから、今のハナにもっともっと色々な経験をさせてあげたいってモーセは思っているんじゃない? 」

そんな風に考えたことは全くなかった。今のハナは子供を生んでモーセと本当の家族になりたいとしか思っていなかったからだ。

「あなた、大学で勉強してみたら?」

さらにサビーンは意外な言葉を口にした。

<大学?今さら?>
「何言ってんのよ、ハナはまだ若いのよ?もっともっと色々な人と知り合って、色々なことを見たり聞いたり、オシャレしたり、同じ年の子たちとおしゃべりしたり?」
<え?>
「青春をもっと謳歌してみたら?」

モーセが傍にいてくれたら、他のことなんて何もいらない。それに子供ができれば、そんな時間だって惜しい。

<だけど、、モーセも、、そろそろ、、、だって、、、>

今度は本当に言いにくくてハナは言葉がみつからなかった。普段は精力的で、自分と20も年が離れているとは思えないモーセだが、一般論からすれば、すでに生物的男盛りは過ぎている。さすれば、医学的見地から、精子も恐らくベストな状態とは言い難い。そうなれば、これから益々良好な妊娠状態を作り出す条件が悪くなっていくに違いない。ハナは子供がほしいのではなくて、モーセとの子供がほしいのだ。だから、状況が悪くなっていく前にとハナ自身あせっているのかもしれなかった。

「もしかして、モーセの体のことを言ってるの?」

手を動かすハナの動きは手話のそれではない。ただ、もてあそぶように指先が落ち着きを失っているように動いている。言いにくそうなハナの代わりに、さすがにドクターであるサビーンは =例え畑違いの分野でも= ハナの不安を言い当てた。ハナははっとしたように、頭をこくりと前に振った。

「まあ、あのモーセだから、当分大丈夫だろうけど、、、、まあ、こればかりは、わからないから。」
<モーセって、、、いつも、、どうしてたんだろう?>

独り言のようにゆっくりと指先を動かしながら、ハナの知っている最後の愛人、踊り子のジーナを思い出していた。ジーナは、ベリーダンサーでアショカ・ツールの愛人だったけれど、モーセを愛し、そして結果、モーセの愛を勝ち取れず自ら悪の道へと堕落した。けれど、一時は、モーセの寵愛を一身に受けていたようにとハナは思う。そんなときですら、モーセはジーナとの間に一度たりとも子種を植え付けようと思ったことはないのだろうか。

「これは医学的な話だから、気分を害したり変に勘ぐるのはやめてね、ハナ?」
<え?>

サビーンは青い幾何学模様のコーヒーカップを手にとって、一口つけた。赤いグロスがカップに映えて本当にうっとりとするサビーンの仕草だ。

「モーセは絶対に避妊具や、女性の安全日を信用していないの。彼は生物学的にかなり強い体質で、営みに関しては精子を吐き出すまでに時間がものすごくかかる。俗に言う絶倫タイプってわけ。」

淡々と言うサビーンだがハナは絶倫という言葉を聞いて真っ赤になった。

「射精までの時間も長いし、、、なので、女性が何度もオーガズムを達する間でも、彼は一定のオーガズムを経験はしているけれど、それが頂点までに達するまでには時間がかかるのよ。そうじゃない?」

バサリと長い睫毛を伏せながら、ハナを意味深に見つめたサビーンは少しばかり彼女をからかった。ハナは哀れにも、耳も真っ赤になって頭が沸騰しそうだ。何度も何度も達かされて、乱され、自分だけが翻弄され、なのに、モーセはいつだって余裕の顔をしているようにみえるからだ。

「だから彼は女性とセックスをしたとしても、射精は女性器の中では絶対にしないわ。彼は絶対に達しないという自信があるけれど、病気感染の予防のために、避妊具を装着するだけの話。彼にとっては、避妊具は妊娠をさせないというプロテクションというより、彼自身を守るためのツールね。」
<え?>
「トリパティ族のシークは代々厳しい掟があるの。下半身が緩くては、あちらこちらで子種が撒かれてしまう、、現に他部族ではそんなだらしないシークが、ボコボコ子供を作り、跡目争いのときに内部抗争があって部族同士で足の引っ張り合いで自滅していったケースも多いの。」

ハナは、罪人まで身を落としたアショカ・ツールを思い出した。色に溺れ、長い間子供は、幸い正妻の間に娘二人しかできなかったのに、最近になって愛人とに息子を成したことで、彼の野望が抑えられなくなってしまった。故に、今回のような惨事を起こす羽目となった。確かに、色に狂った男の先には破滅しかないのかもしれない。

「それで、我が部族は、代々、シークになるものにはそれなりに訓練が課せられているのよ。」
<くんれん、、?>

サビーンの話は少なからずハナにはショックなことだった。それは、子孫を確実に残すため、精通があったときから、トリパティ部族のシークは必ずペニスの根元を器具によって圧迫させ、勃起を調節する訓練をさせられる。これによって射精を遅らせ、オーガズムを長時間保持することが出来るというのだ。またこの方法で訓練されていると、いざというときの妊娠させる率がぐんとあがるという。

「だから、我が部族のシークは、他の部族と比べれば珍しいことにそれほど側室も多くないのよ。」

『多くない』、、、サビーンの言葉に、ハナの胸がズキンとなった。それは、側室を全く持たないというわけではなかった。ハナの心配をよそにサビーンは先を続けた。

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