シークの涙

10.

「ああん、ああ、シーク」

媚びるような声で、もっともっと欲深く淫らになっていく女。女の乱れた姿を見つめながら、モーセは自分が急速に冷めていくのを感じた。それでも、女を満足させてやろうと、彼の長い指先が、暗闇の蜜を探し当てる。指先をくっと曲げ、そのゴツゴツとした節で擦りあげる。

「あああ、シーク、シーク、もううう、だめ、、ですわ、あっあん、」

女はピクリ、またピクリ、痙攣をしながら極楽へと彷徨う。幾重にも塗った濃いアイラインから見える瞳は、いまだ快楽の淵にいるのか、どこか虚ろだ。通常モーセの抱く女は、やわらかい曲線に包まれた肉感的な女が多い。肌が白かったり、褐色だったり、そんなことは、彼には関係なく、ただその瞬間、ともに快楽を分かち合えればそれでいい。だが、今夜の相手は、モーセにしては珍しいこと。

「シーク?」

もっと快楽の深みにはまりたくて、女は、懇願する。長い黒髪が、白い枕を放射線状に独占する。広すぎる寝台に、細い裸体をさらしながら、モーセの屹立を待ちわびてうっとりしている女。小ぶりな胸も、細い腰も、華奢そうに見えた体つきも見掛け倒しで、モーセの大きな体が覆いかぶさっても、頑丈な骨格がそれをしっかり受け止める。蛇のようにねっとりとまつわりついてきて、モーセの腰に足をからませてくる。十分濡れて光っているソコをめがけ、彼は自分のものを押しいれる。

「ああ、ひぃっ、ああああ、すご、、い、ん、大きいいい、、」

息が出来ないくらいの質量に彼女の暗路は占領され犯されていく。思わず女のうっとりとする吐息がもれた。モーセは迷うことなく己を突き進めて行く。

「ああ、いいい、す、すご、、あっ、あっ、ああああ、」

壁をこすり、女の中をかき回し、擦りあげ、抜き差しを繰り返しながら奥へ奥へと突いていく。

「あああ、あああ、ああ、だめえ、だめええ、
そ、そこ、うっ あん、いいいいいいっ、、」 

たまらないと悲鳴をあげる女の嬌声に、何故か興ざめしてしまう。モーセが抱く女の腰も、尖ってほしがるその乳首も、快楽に堕落した半開きのその唇も、そして、モーセの激しい律動に揺れ動く彼女の肢体も、何もかも、何かと違う、、違和感を感じた。

(、、こんな風にしたら、、壊れてしまうのだろうか、、、、)

何故か浮かんだ女の顔。モーセの絶妙な腰使いに、狂わんばかりの淫らな表情を見つめながら、ふとモーセの頭に過ぎった女。それは、今抱いている女と同じ黒髪の黒い瞳、だが、今モーセのモノをしっかりその蜜壺に咥え込んでいる女とは似ても似つかない女、、、、だからといって、あの女がモーセの欲情をかきたてるわけではない。ただ、、あの女の境遇に、モーセの心の奥底で何かがわきあがる、、遠い昔に捨て去ったはずの、、少しばかりの情けなのか、、、



『何だって? 教授は毒を飲んだのか?』

モーセはたまらず声をあげた。それは、サビーンが日本を去ってペルーシアへ帰国してから数年後の出来事だったという。

『そしてそれを発見したのは、、ハナ、、』

サビーンの衝撃的な言葉に、ラビは声をあげそうになった。そして珍しいことに、モーセの表情も悲壮感が漂う。

『なんて、、おかわいそうに、、ハナさん、、』

ラビは心から同情した声音でつぶやいた。ハナが16歳のときだった。父親の第一発見者となった悲劇は、そのままハナが天涯孤独を意味することとなった。

『運が悪かったのよ、、わたしは帰国してすぐ、今度はアメリカへ留学することになったでしょう?わたしも慣れるまでバタバタしていて、初めのころは教授たちと連絡を取り合っていたんだけど、そのうちわたしもアメリカで多忙な日々に追われちゃって、、、アメリカから帰国してからすぐにハナにメールを出したんだけど、宛先エラーで戻ってきちゃって、、、』

父親が死んだこと、その死体を自分が発見したこと、、ハナの精神はどうやら限界だったらしい。そこでハナは自らの殻に閉じこもることを決断した。いやそれは自らの決断ではない。彼女の防衛本能がそうさせたのだ。それが言語障害という症状で現れ、声が出なくなってしまったという。

『その後よ、教授とも連絡とれないから病院へ連絡したら、教授が亡くなっていた事実を知らされて、、それでハナの行方を捜すのに躍起になったけど、、すごく難しくて、、』

ハナは当時16歳、未成年であり、結局施設に送られた。最初の頃はおそらく精神的にもどん底で、外部の人間と連絡を取ろうという気持ちも起きなかったに違いない。彼女の心の扉は閉められ、よって、益々ハナの行方を探し当てることは困難になったといえた。

『やっとよ、去年なの、やっとハナの居場所がわかったの。』

それは、教授が亡くなってからすでに5年もの歳月が経っていた。去年サビーンは学会の為日本を訪れていた。おそらく学会のほうがオマケで、ハナに会いに行く事が第一の目的だったに違いない。

『彼女、、自分の育った施設で、事務をして働いていたわ。
悲しそうな瞳で笑ったの、わたしを見たとき、、』

サビーンは悲痛な声をあげ、大きな瞳に涙をためた。モーセにしてもラビにしても、そのサビーンの言葉だけでハナがどんなに苦しんできたかを容易に理解できた。二人とも、何も言わなかった。そこにはただ重い沈黙が流れ続けていた。



「あああああ、ああああ、いやああああ、いくううううううっ」

女のはしたない嬌声にモーセは我に返った。彼は眉間にぐっと力をいれた。下手をすれば、また思考がハナへと行ってしまう。女の波はもうそこまできている。益々猛りくるう己を何度も深く突くたびに、女の吐息が、あん、あん、と漏れる。モーセは律動を速める。暗闇に逞しく褐色の背中が浮かびあがり、それが激しく上下を繰り返す。その下に置かれた白くなまめかしい肢体が、限界を告げる。

「いやあああ、シークうう、イク、いっちゃうううう
シーク、、一緒に、、お、お願い、、、、」

女は懇願するように、赤く綺麗に塗られた爪をモーセの背中に立てようとする。モーセは自分の体に触られたり、ましてや傷をつけられたりするのを好まない。すかさず、大きな両手で、くわっと女の手首を掴んで頭の上で拘束した。女は、身動きのとれなくなった自分の腕が、まるでモーセが自分を独占し征服していくようなそんな喜びを感じる。愛されている。わたしは今愛されている。彼の突きがまだ激しく打ち続ける。

「ああああ、シーク、一緒に、、あああ、だめえええええ」

突然波が訪れた。女の腰が弓なりになったかと思うと、次にはガクンと体の力を抜いた。あまりのクライマックスに女はしばらく脱力したままだ。やがて、まだ上にいるモーセの温もりを感じる。モーセの体の下で、彼女は荒い息をしながら、瞳をトロンとさせながらモーセを見つめる。まるで愛を交わした恋人同士のように。

「抜くぞ。」

冷たくモーセの声がした。彼は絶対に吐精はしない。女の中でも外でもだ。それはシークとしての種の重さを知っているからだ。スキンすらも信用しないモーセは、己の快楽が絶頂に達しても抑制する技を身ににつけている。

「シャワーを浴びる。」

大きな体が、薄暗い中でゆっくりと動き、寝台からおもむろに起き上がった。贅肉ひとつない、がっしりとした体は鋼のようだ。まるで古代ローマの戦う男たちの彫刻をおもわせるような実に見事で美しい肉体。うっとりとモーセの美しい背中を見つめながら、女は現実に戻される。シークは誰も愛さない、冷たい男であることを。

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