シークの涙

19.

「彼女、さっき少し目を開けたから意識が戻ったんだけど、、まだ興奮している様子なの。安定剤で眠らせているのに、眠りが浅いのかとてもうなされてるわ、、、」

サビーンは書斎机の横にある椅子に、ため息とともに座る。だいぶ疲れているようで、背もたれにずんと体をあずけ、顔を上に向け天井を見つめていた。

「今は誰が見てるのだ?」
「タマール夫人が、、代わってくれるって、、今夜はこちらで仮眠していらっしゃいって。」
「さすがだな。」

モーセは夫人の顔を思い出した。従姉妹の疲れきった顔をみれば、タマール夫人の指示は的確だと言わざる終えない。

サビーンは、先ほどからデスクの角を神経質そうに指で何度も何度も触っている。モーセに何か話したい事があるのか、彼女の動きは少しばかり落ち着きがない。

「ねえ、、」

彼女の指が止まった。

「リドリーだった、ってありえる?」
「何がだ?」
「ハナのご両親を殺した犯人。」

サビーンの突拍子もない思考は子供の頃からのことで、モーセはさほど驚かないのだが、今の言葉は見逃せない。

「お前は、バカか?まだ殺人と断定したわけではない。」

一刀両断に切った。

「それに仮に殺人だとしても、少なくとも小杉教授はヤツの命の恩人だ。その恩人を殺す理由は何だ?それもご丁寧に、妻から殺して、6年待って教授を殺すなんて、そんな手の込んだこと誰がするのだ?」

もっともな反論にサビーンは黙った。

「それにリドリーの病が再発したとき、恩人を殺していたのでは、リドリーの命だってあるまい。」

幸い、リドリーの悪運は、再発をまぬがれていた。だが、それは結果論であり、実際には、モーセの言う事のほうが筋が通る。

「だからこそ、すみれさんと教授を同時に殺さず、年月をずらして殺したんじゃない? 教授が亡くなったのは、リドリーの術後から、27年後だもの。その長い年月の間リドリーは一度も再発してないんだから、もう再発の心配がないことを示してると思わない?」
「ふん、じゃ、動機は何だ? アイツの母親も殺さなくてはならないような動機も含めてだ。俺を納得させるだけの動機はあるのか?」

サビーンの頑固さに業を煮やしたらしく、モーセは別の切り口で彼女を攻めた。

「たとえば、リドリーが患者だったとき、、すみれさんを好きになってしまったとか?」
「、、、、」

呆れてものが言えんとばかりに眉をあげて、モーセは沈黙を貫いた。

「たとえばよ? 無理やりとか、、そういう関係を迫って、、でもすみれさんが教授に真相をぶちまけようとしたら? 教授が怒ってリドリーの主治医を辞めるって言いだすかもしれないじゃない?」
「だから、口封じに殺したと?」
「そ、そう。」
「フン、馬鹿馬鹿しい。だったら、そんなリスクを犯すくらいなら、最初からヒトの女に手をださなくてもいいだろうがっ!」

モーセは吐き捨てるように言った。サビーンの仮説は、第一、矛盾がありすぎた。

「すみれさんはとても魅力的な女性なのよ。男だったら、リスクを犯してでも手に入れたいって思うはずだわ。」
「話にならん。地位も名誉も失い、ましてやリドリーの場合は己の命でさえも危うくさせる、、そんな代償まで払って手にいれるほどの価値のある女などこの世にはいない。」

モーセの美しい唇から出た迷いなく言い放った言葉に、サビーンは次の言葉が継げなかった。彼は何の感情も出さず、まるで空気を吸うように平然としてそんなことを言う。

「あなたの奥方になる人は哀れね。」

思わず漏れたサビーンの本音。だが、モーセは表情を変えず眉をあげた。

「心外な。暴力をふるうわけでもなく、変な性癖があるわけでもない。俺の子供を生み、きちんと育てあげてくれる女なら、一生経済的にも不自由はさせない。」

本当に心外だというようにサビーンを見つめた。

「それのどこがかわいそうなのだ?」

モーセは心底、合点がいかない顔だ。サビーンは諦めて話を元に戻した。

「リドリーのことなら、、、何か弱みとか、、秘密とか、、そんなものを握られていたら?」
「ん?」
「30数年前、リドリーはとにかく死を覚悟していたわけじゃない?藁をもすがる思いで小杉教授に自分の全てをたくしたわけでしょ?そのとき死の淵を彷徨う人間なら、弱みとか、懺悔とか、宝のありかとか、、よくわからないけど、そんなことをポロリと教授に告白したかもしれないじゃない?」
「、、、、」

モーセの無言に気をよくしたサビーンの言葉は尚も続く。

「でも、結局リドリーは死ななかった。ってことは、リドリーの告白はしなくてもいいものだったのに、、、後悔したけど零れたミルクは元に戻らない。ならば、口封じを、、って。」

サビーンの推論は、モーセにしてみれば、まだまだ矛盾だらけだった。だが、女のために殺人を犯すよりも遥かにモーセには理解しやすい論理と言えた。そして、意外にあり得ない理由ではない、彼のカンがそう告げていた。

「調べる価値が、ないわけでもないな?サビーン。だが、なぜ急にそんなことを思った?」

モーセの意志の強そうな眉根があがり、怪訝そうな顔をした。

「ハナが倒れたこと、、、発作とは思えないのよ。何か今夜、、、突発的なことが引き金になったとしか思えないの。」

ハナが倒れた状況を思い出す。そうだ、あそこにいたのは、リドリーとアショカ ツール。モーセはじっと何か思い出すように考え込んでいく。調べる価値は十分にある。明日朝一番にラビに命を下そう。そう決めた。

「おい、おまえ、目の下にクマができてるぞ。もう寝ろ。」

面倒くさそうな声音だったが、モーセは従姉妹を心配しているらしい。長年の付き合いでその辺を心得ているサビーンは、彼の心中を察し部屋を辞した。



******

「おお、おお、ああ、たまらない。」

暗闇の中で女が男のものを咥えていた。

「おおおお、いいぞ、ジーナ、、、お前の舌は、、ああ、」

ふにゃりと縮こまったソレが半勃ちをし始める。

「お前も、今夜は残念だったな。モーセがあのように去って行ったのでは、、まあ、今宵はわたしで我慢するがよい。」

ジーナは、モーセのものと似ても似つかないその貧弱なモノを咥えながら、密かに毒づいた。

(アンタなど、モーセの足元にも及ばないわ。)

「おおおおっ、、」

男の声が一段と激しくなった。ジーナは早く達かせたくて、巧みに舌をはわせながら男の吐精を待っていた。

「うおおおおおおおっ」

やがて男は薄まった液を彼女の口内に出し、かなり苦しげな息を吐いた。

「お前の、、はあ、はあ、テクニックは、、あ、ああ、年寄りには少しばかり、、酷のようだ。」

息も絶え絶えのようだ。女を楽しませることが出来るか否かは別として、年がいっている割には、男としての機能は、そこそこの役目を果たしているらしい。

「しかし、お前のテクニックは相変わらずすごい。あのモーセをしても、お前の前では奴隷のようにひれ伏しているのではないか?」

ジーナは眉を潜めた。

彼女はベリーダンスで鍛えた腹筋でモーセを追い詰めた。=彼女の膣が自由自在に締まりあげ、通常の男ならばタチドコロもなくなる= だが、あの男だけは別だった。彼女がどんなに手練手管を要しても、先にイクのはいつだってジーナであったし、モーセは射精すらのもしたことがないのだ。

「お前をあやつの元に送ったのは間違いではなかったようだ。さすがのモーセも骨抜きだろうな。」

彼女は未だ手に入らぬ苛立ちに赤い爪を噛んだ。この男にスパイとして送り込まれた、、けれど、会うたびに、モーセの激しさに惹かれていく。あの男は美しいだけではない。オスとしての臭いを存分に撒き散し、その香りは女の本能を刺激する。彼に愛されることこそ女の幸せの頂点、そう思わせる。だが、あの魅惑的で屈強な男は、ジーナがイクときでさえ、名前を呼ぶことを許さない。


『シークと呼べ。』

絶頂の際(まぎわ)にたつジーナにそんな無情な言葉をかけた。

ジーナがモーセに強く惹かれているのはまぎれもない事実。ならば、モーセを真剣にさせればよい。自分だけを見つめる男にさせればよい。彼女の秘儀を使って、今までに落ちなかった男はいないのだ。時間をかければモーセだって、、、そうすれば、今、目の前で厭らしい阿呆ヅラをしているこの男を見限り、モーセに寝返えればいいだけの話。いつまでもこんな老いぼれの下の世話などさせられたくもない。ジーナは、情けないほど小さくなった男の象徴を蔑みながら野望を広げていく。

「どうした?うむ?退屈しおったかい?よしよし、それでは今度はわたしがお前をかわいがってやろう。」

男はリモコンを手にとり、天井の電気をつけた。部屋は煌々とした明かりが広がり、ジーナの淫らな顔がはっきりとわかった。柔らかく白いもち肌も灯りの下で煌々と照らし出されている。彼女は、男の前で大きく股を広げた。プルリと太ももがいやらしく揺れた。

「さてさて、お前のここを可愛がるとしようか?」

男はナイトテーブルにおいてあるメガネをおもむろに取り、耳にかけた。

「そんなじっと見られるなんて、、あん、、もう、」
「さて、じっくりと拝ませてもらおうかの?」

ジーナに快楽を与える為、奉仕する男はゆっくりと舌をはわせる。以前、『メガネをかけるのは、そこにじっくりと見るべきものがあるときだけだ。』と薄ら笑いを浮かべながらそんなことを言っていた。

「おやおや、お行儀の悪い子だねえ?もうヒクヒクとしとるぞ?」
「ああああ、そ、そこ、、いい、あああ、」

男はチュパチュパと吸い始める。悦楽の波がヒタヒタとジーナに訪れ始め、彼女は激しい声をあげていた。

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system