シークの涙

30.

「ねえ、どうなさったの、お疲れかしら? フフフ、大丈夫、わたしに任せて。」

暗闇の中にうすっらとした灯りを頼りにジーナはモーセが腰掛けているベッドへと近寄っていく。彼はすでにシャワーを浴びて腰にだけタオルを巻いた姿だ。長い足を床につけ、前かがみになって先ほどから微動だにしていない。ジーナの浴びたばかりの肌からは湯気がふわりふわりと立ち上っていく。彼女はゆっくりと白いバスタオルをハラリととった。

/プルン、、、/

豊かな乳房が揺れる。水のしたたりが曲線に沿って落ちていく。腰を振りながら、全てをさらけだした体を誇りながら、モーセの座っている目の前で跪く。

「すぐに暴れ馬になる悪い子、、、」

赤い爪に彩られた指先を、タオルで隠されたモーセの中へと滑り込ませた。

「ウフ、」

彼女が上目使いでモーセを見上げれば、モーセの視線とからまった。だが、モーセの瞳は何の変化も見られない。

赤い舌をちろちろと出しながら、ジーナは舌なめずりを始めた。その仕草は実に淫靡で厭らしい。彼女こそ、先ほどから胸の高鳴りが押さえられないでいた。久しぶりにこの男に抱かれると思うと、何も刺激を与えていないというのに、先ほどから秘部がとろりと濡れて溢れ出ている。あんな大きなものを受け入れてシークの腰が激しく揺れながらジーナを狂わせる、、、何度も何度もそれがほしくて、幾夜も幾夜もモーセを待った。あまりにも我慢できず、他の男のモノを受け入れた。けれど、、あんなすごい、記憶が飛ぶような経験はモーセ以外となんて、出来やしない。

「ああ、どんなにお待ち申し上げて、、、」

最後は掠れて声にはならなかった。もう、あんな爺のことなど構いはしない。この男さえ手に入れば、すぐさまこちら側に寝返えるのだから。この男はわたしのモノ。わたしだけのモノ。

「しなくてよい。」

彼女は、未だ戦闘態勢に入らないモーセのモノを手におさめながら、=それでも結構な重量を感じながら= 突然の声に驚いた。

「はい?」
「今夜はよい。」

モーセの低く、腹に響く声はジーナに有無を言わせない。

「来い。」

手を引っ張られて、彼女はベッドに押し倒された。

「ああ、、、」

口づけも何もないうちに、いきなり股を割られ、モーセのゴツゴツとした指が入って来る。

「ああ、あああ、、、」

いきなりのことでジーナは悲鳴しかあがらない。だがやがてそれは嬌声に変わる。彼女のソコは、もう限界以上にドロリとなっていた。厭らしい水音をピチャピチャとたてている。

「あああああ、あああん、あんああん」

狂ったように腰が勝手に波打つ。

モーセとのセックスはたまらない。ジーナが今まで数多く浮名を流してきた男たちとは比べようもないほど、ジーナを狂わせる。傲慢で冷酷で、だが、ただ抱かれているそのひと時だけは甘く優しさに流される。そのセックスに行く前の序章、その前戯で、ジーナの中が狂わされる。彼の節ばった長い指先がジーナの秘境をうごめき、弱いスポットを執拗に擦り、焦らし、そして愛撫していく巧みな動きは、息も出来ないほどだ。

「はっはっはっ、ああ、いくイクイク達くぅううう〜」

ジーナの淫らな嬌声とともに、彼女の背中がアーチ型を作り、しなり、、やがてビクンと震えた。モーセは指を抜く。ジーナの肢体は、まるで生きた魚が陸にあげられたようなぴくぴくとした振動を繰り返している。色っぽい瞳も今は、楽園を彷徨っているのか、かなり危ない目つきでくうを見つめる。彼女がまだ夢心地を行ったり来たりしている刹那にも彼はおもむろに立ち上がった。

「今夜は、、帰るぞ。」

「、、、、え?」

意味がわからなかった。これからだというのに、、まだモーセ自身を自分の中に迎え入れていないし、その上、彼の欲望すら放ってはいない。これからジーナの舌で口で、指先で、そして腰つきで、彼をジーナの秘境へと誘おうとしていた最中さなか、、、あまりにもあっけない幕切れではないか。自分が男を翻弄することはあっても、自分だけが淫欲に狂わされることはない。夜の舞姫と呼ばれた誇りにかけてもありえないこと。

「え?ま、待ってモーセ、、これから、これからがお楽しみの一興が、、、」

ジーナの言葉に、服を着ていた手を止め、モーセが冷たく言い放つ。

「シークだ。覚えておけ。」

彼は最後のボタンを閉めるやいやな、ホテルの部屋を出て行った。

/バタン、、、、/

ありえない、、、モーセは、女を愛さないかもしれないけれど、男の性には奔放なはず。快楽を貪欲に求めながら、女と共に幸せの一夜を過ごす男。ジーナはもう少しで仕留めることが出来ると思っていた獲物が、実は、己が獲物だったことを知った。いや、獲物にも劣る、、、、それどころか、モーセにとって何の意味も持たない存在、、ジーナの真っ赤な唇がわなないた。

(あの女、、、、)

色っぽい顔が歪んだ。そこには、世の中の汚いことなど何も知らないあどけない童女のようなハナの顔が浮かんでいた。

(あの女なのか、、、わたしのシークを、、わたしのモーセを、、、)

女のカンは鋭いのかもしれない。まだ何も始まっていない、モーセすらも知る由もしない己の感情、、、それをジーナはいち早く嗅ぎつけていた。




*****

「ハナ息を深く吸って、、、」

今日はサビーンとのセッションの日だ。

あの日から、屋敷は通常を取り戻していた。モーセはきちんと帰宅して、ハナとよそよそしいながらも毎晩夕食を共にとる。ハナが必死に話しかけても、彼の態度は前とは明らかに違う。勿論、無視されるわけではないが、会話の内容も当たり障りがないもので、どこか他人行儀でぎこちない。というよりも、さあっと線を引かれて、もう二度とハナをこちら側へいれるつもりはないようだ。胸の痛みはモーセのハナへの態度だけではなかった。

熱に浮かされてでもいるような、うっとりとしたジーナの横顔、、、

/ツキン、、、/それがもうひとつの胸の痛みの原因、、、けれどハナは必死になって奥底へ閉じ込めようとしていた。

<ふうう はああっ>

ハナの呼吸が聞こえる。

「オーケー、今、ハナの頭に浮かんだものを正直に言って。」
<、、、、>

ハナの体が硬くなったのがわかった。

「どうしたの? 何か浮かんだでしょ?正直に言ってみて?自分に正直になることが大切なのよ。」
<モーセ、、>

ハナの指先は、もう何百回と馴染みの名前を綴りあげてきた。

<モーセがおかしいの。>
「え?」
<すごくよそよそしくて、、、目を見てくれない、、、>

サビーンは、社長室でハナとジーナが鉢合わせしたことを知らない。

「どういうこと?」

そこでハナは、女が屋敷に潜り込んできた話から始めた。どうやら彼女は罪人の妻であること、夫はすでに死んでいる事など、後にラビから少しだけ情報を聞き出して、ハナなりに推察した話をサビーンに語っていく。

「そうかあ、、、で? ハナはショックだったの?モーセの下した裁きが残酷で、、、引いてしまったとか?」

果たしてそうだろうか。会社を訪ねて、モーセと会ってもハナには何もわからなかった。けれどその数日後、ラビにしつこく質問を繰り返し、夫が処刑され、女は無罪放免だとは言え、なんの保障もなく世間に放り出されたことを聞き出した。21世紀のこのご時勢に、裁判も受けることなく、モーセの決断だけで処刑されたこと、、、それはあまりに野蛮で残酷なことなのかもしれなかった。けれど、部族には部族の掟があるのだろう。よそ者の自分がそれを糾弾し非難することは出来ない。だからと言って、それを肯定することも難しい、、、でも、、はっきり言えることは、モーセを恐れたわけではなかった。それよりもモーセの下した決断をモーセ自身がどんな風に受け止めていたのかを考えれば考えるほど、胸が痛んでくるのだ。ハナはモーセが奥底に隠そうとしている繊細でガラスのように壊れやすい部分を本能で理解していた。

<ううん、引いたりはしない。>
「じゃあ、怖くなっちゃった?」

ハナはブンブンと頭を横に振った。

<胸が痛かっただけ、、>
「え?」
<胸が、、>

ハナは自分の胸を押さえ、そのあと両方の人差し指をつけてくるくるとねじって回す。

<モーセのココロを考えたら、、、胸が痛かった、、、>

サビーンは絶句していた。世間では、モーセはシークとして名君とうたわれ絶大な人気を博している。その一方、残酷で冷淡な男だとも、恐れられていたのだ。だが、サビーンは知っている。昔から一緒に遊んだ自分の従兄弟の慈愛に満ちた優しさを。だがモーセは普段その感情を心の奥底においやっている。それなのに、ハナは何故知っているのだろうか?どうやって彼の慈愛という気持ちを炙り出したのだろう。

「だから悲しくなっちゃった?」
<うん、、、でも、、それを言ったら、、今度はモーセが怒ったみたいなの。>
「、、、、」
<ずっと夕食は一緒だけど、必要以上に、もう言葉はかけてもらえなくなっちゃった、、、わたし、、モーセの心の中の、踏み込んではいけない領域を土足で歩いちゃったのかな?>

「もううう、何てことよっ!」

サビーンは頭を抱えたくなった。今、目の前にいるハナは何ともしょぼくれて哀れで、思わずギュッと抱きしめたくなってしまう。こんな姿を彼は見ていて何も感じないのだろうか。心がぎゅっと潰れる、そんな思いがしないのだろうか。

「わかった。その辺のこと、モーセに何気に聞いてみるね?だからハナは心配しないでね。」

最後はすでに精神科医としての言葉ではなかった。サビーンはハナの絹のような光沢ある黒髪をやんわりと撫でる。

「大丈夫だよ?」

優しくつぶやけば、ハナは黒い瞳をクシャリとさせた。ありがとう、サビーン、瞳はそう言っていた。

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