シークの涙

61.

あれから何度も肌をふれてもハナは体全体を固くして、羞恥のために白肌を桃色に染める。そんな姿にモーセが余計煽られていることをハナは知らない。それどころか、彼女は恨めしげに何度もやめてほしいと訴えているのか、目を潤ませる。女らしい肉感的な肢体でもなければ妖しげな色香に匂い立つわけでもない。未だ青い蕾の、どちらかといえば幼い体で、胸のふくらみだってほんのりとしかない。けれど、アジア人ならではなのか、その肌のきめ細やかさ、、モーセの指先が肌をとらえ、その質感は陶器のような滑らかさと熱を帯びた温かさが、生きているという現実に、妙になまめかしさを覚える。誰も入ったことのないハナだけの園に今は、長い指がかろうじて2本でギスギスとしてしまう。だが、ハナの弱いポイントをこすれば、細く華奢な体がしなやかにたわむ。少しずつ少しずつ、ハナは恥じらいながら、甘い吐息をつき始め漆黒の瞳を潤ませる。それを見る度、さすがのモーセもタガがはずれそうになる。もう何もかもめちゃくちゃしてやりたい。今はまだモーセの指しか知らないソコに、モーセの猛々しいものが、そのきつく狭い中に押し入り、、、壊れてしまいそうな華奢な体に己をめちゃくちゃ打ちつけてやりたい。初めは痛いはずだ。彼女は音にならならい叫びを放ちながら、苦悶するだろう。だが、最初だけだ。モーセの手練手管、そのテクニックで、何度も女たちを組み敷いて、突いて、啼かせた。何度も何度も達かせて、最後はもっと、、、と懇願される。だからハナだって辛いのは最初だけなのだから、、そんな風にモーセは何度も思い、茶色の瞳を熱くくゆらす。だが、モーセの愛撫に精も根も尽き果てて、今寝息をたているあどけないハナを見る度に、モーセは自分の浅ましさにあきれ果てる。何とも辛抱がないことか、、、自分も地に落ちたものだと、自虐する。時間はたっぷりあるのだ。初めての時は、ハナの負担を少しでも軽くして、苦しみから快楽へと導いてやりたいのだ。




『ひとつだけわからないことがあるのだが、、、』

モーセを訪ねていたジョセフ・リドリーの帰り際、モーセは最後に尋ねた。

『アショカ・ツールは、長い間穏健派としてダンマー族を上手く束ねてきたというのに、ここへきて、何故、今になってわたしを陥れようとしたのだろう?』

リドリーがモーセの屋敷を訪れ、ハナに長年の想いを告げた。亡くなった親友のためにも、残された親友の忘れ形見への援助と彼女の幸せの為に一生見届ける意思を伝え、彼の誠意はハナに喜びをもたらした。ハナにしてみれば、リドリーは父親というよりも、祖父への思慕へ近い思いがするのかもしれない。いずれにしても肉親の情に薄いハナにとって、ジョセフ リドリーの存在は特別のようだ。厳しく、誰もが恐れをなす。ある意味モーセと同じ側にいる人種。だが、その顔に刻み込まれた皺は、年月を感じさせるだけではなく、人の業の深さや悲しみや裏切りを経験してきたジョセフ リドリーだからこその深みがあった。そして何よりも、今、彼はハナを慕い彼女の幸せを誰よりも願っていてくれる。ハナの知らない頃の若い両親と繋がっているリドリーといることは、ハナにとって、両親の存在を感じることが出来る気がした。ハナの絶対的なリドリーへの思いを肌で感じ取ったモーセは、もうリドリーへの憎しみもどうでもいいような気がした。勿論、モーセにとって、一生憎憎しげな男であることにはかわりないだろうが、、、

『それは、モーセ、君のほうがわたしよりも隙があったということだろう、ふん!』

モーセの質問を刃で切った男は、涼しげな顔をしている。だが、目じりによったシワを見ると、どうやら、モーセをからかっているのだろう。横で聞いていたハナがプッと笑ったものの、モーセにギロリと睨まれ、あわてて肩をすくめた。

『まあよい。その答えはここにある。』

リドリーは、衣服の内ポケットに手をしのびこませ、やがて幾枚かのスナップ写真を取り出した。

『こ、これは?』

モーセの瞳が大きく広がった。

『そうだ。アショカの息子だ。』
『む?』

写真のどれもに、赤子の顔が映っていた。

『ま、まさか、、?』
『そうだ、そのまさかだ。色ボケもやるときはやるもんだ!ふん!』

リドリーは鼻を鳴らした。赤子は、アショカ・ツールの孫だといえば、誰も何も驚きはしない。現に二人の年頃の娘たち =一人はかなりトウがたっているものの= で、その娘たちの子供だと言われれば、おや、かわいいお孫さんですね、という会話に普通なら発展していくのだ。だが、それは孫ではなかった。アショカの実子なのだ。

『アショカが率いるダンマー部族は少数部族だ。野望を持たなければ、穏やかな日々が流れていく。アショカだって、シークとしてその責任を果たそうと生きてきたのだろう。だがそれは、男としてはかなり苦痛といわずばなるまい。わかるだろう?モーセ。』

リドリーの言葉にモーセは頷いた。出来れば、モーセのような若造など、ひねりつぶして、もっともっと勢力を伸ばし、ダンマー族を王国一にしたいと思うのが、シークなら誰しも思うことだろう。だがそれが許されず、モーセともリドリーとも上手に距離をとりながら生きることは、時には男としてやりきれないこともあったであろうことは、男であるモーセ自身がよくわかることだった。

『だから、アショカは、人一倍、色に溺れた。精力を誇示することで、まあ、うさばらしというか、、とにかく、あの年でも衰えることが知らんらしい。』

ハナがいることを意識したのか、リドリーはそれ以上のことは敢えて言わなかったが、モーセの耳に入って来る噂だけでも アショカの女遊びは派手なものだった。

それで、一昨年あたり、手をつけた女がアショカの子供を孕んだということで、、アショカも信じ難いことだったに違いない。用心深いアショカは当然DNA鑑定をした。その結果、実子だということが99.9%の確率で証明されたのだ。あの年で、子供が、しかも息子ができたのだ。アショカの喜びは、計り知れないものだった。まだ小さな生き物は、真っ赤な顔をさせて顔をクシャクシャにして、ひたすら泣きわめく。何も考えず、打算も何もなく、ただただ貪欲に泣き続けている。どうしてよいかわからず、アショカはただ茫然とその生き物を見つめる。


/ふわっ/

『おお?』

がむしゃらに手をバタバタとさせていた赤ん坊が、布団の上に手をついていたアショカの手をぎゅっと握った。アショカの手に温もりが広がった。その温かさは触れられた部分だけではなくて、どんどん体中を侵食していく。ほかほかと温かなものが体を駆け抜けていく。小さな命を守ってやりたい。自分の血を継いだこの小さな生き物に、出来る限りのことをしてやりたい。

おそらく、アショカの胸に何かが生まれた瞬間だろう。

ジーナを使い、モーセの弱みを探ろうとした。モーセが失脚すれば、この王国は手に入る。王室にも近づいていた。4人の王子のうち、欧州で事業を起こしている三男に密かに接近していたのだ。IT事業で成功を収めている三男は、今さら王位などに何の興味を持っていないが、アショカ・ツールの行動を怪しみ、叔父であるリドリーにこのことをリークしていた。ジョゼフ リドリーは、コスギ夫妻の死以来、随時アショカをマークしていたので、三男王子の情報に本腰をいれてアショカ・ツールの身辺調査と尾行が開始されたのだ。彼の行動は逐一全部リドリーにはお見通しだったというわけだ。勿論、コスギの忘れ形見、ハナがこの王国へ来ることになった経緯(いきさつ)も、またモーセの屋敷に滞在になったことも知っていたし、部下から随時ハナの様子の報告も受けていた。リドリーの情報網は、トリパティ部族の長、モーセに劣るどころか、今回のハナに関連することだけを省みれば、少しばかり抜きんでていたようだ。

『モーセ、真実を知った今、君はどうしたい?アショカをどうするつもりだ?』

リドリーの声は硬かった。アショカ・ツールは、己の自我を閉じ込めて、部族のために必死に生きてきた。だが、何かが狂った拍子に、色に溺れ欲に溺れ、彼の人生はどんどん歯車が狂っていく。アショカの犯した罪は許されるべきものではない。だが、ジョセフ・リドリーにとって、アショカは、同じ時代を生きてきた同志なのだ。昔のリドリーなら、もっと早くアショカに留めを刺していたことだろう。だが、確実な証拠をあげることを隠れ蓑に、リドリーはアショカに手を下す事を、もしかしたら引き伸ばしにしていたのかもしれない。心の友ではないとはいえ、昔から一緒の時代を駆け抜けてきた馴染みの男に裁きを下すことは、かなり複雑だったといえよう。リドリーにとって昔馴染みの男は、同時にリドリーの大切な友の人生を狂わせた男でもあるのだ。まるで石を飲み込んでしまったような不快で辛い苦しみに長い間リドリーは悩まされていた。

『ふん!どうもこうもない。あの男は、もはや司法の手に委ねたのだ!』

先のリドリーの問いに、モーセは吐いて捨てるように言った。

『だが、、』

リドリーは言葉を飲み込んだ。表向きは、確かにモーセの言う通り、ペルーシア王国の法で裁かれ、アショカは実刑に服すだろう。それは間違いなかった。だが、死罪はまぬがれるだろうというのがリドリーのおおよその見方だ。何故なら、それを裁くのは未だ貧富の差を伴う王国の法だ。アショカ・リドリーは腐っても部族の長であり、その地位の高さから、法廷は安易に厳しい裁きを下さないというのが、王国歴史の通例だからである。
それ故、リドリーは、昔から水面下で裏組織を使い、邪魔な人間を消してきた。法では恩赦が下りそうな社会的地位の高い、高官や金の亡者たち、そんな人間たちをリドリーは組織を使い抹殺してきた。そんなことがまかり通るのも、悲しいながら王国の現実でもあった。金さえあれば、地位さえあれば、この国ではまだまだ自由勝手なことがまかり通る。だからこそ、リドリーはモーセに、問いかけたのだ。

『モーセ、君はどうしたいのだ?』

モーセは全く表情を変えなかった。美しい顔には何の表情も浮かばず、茶色の瞳はガラスのような冷たさを帯びていた。

『アイツに何かをしていたら、、、』

彼の瞳に、一瞬鋭い光が放たれた。モーセは、隣でじっと二人を見つめているハナの手をぎゅっと握った。安堵とともに吐き出された言葉。

『だが、何もなかった。』

またもとの感情のない瞳に戻る。

『だから、じっくりと法廷の裁きを待てばよいだけだ。』

モーセはゆっくりと瞼を閉じて、深く息を吐き出した。リドリーは無言のまま、もうそれ以上質問することこはなかった。




*****

生まれた時から、守らなくてはならないものに囲まれていた。そしてその義務と責務を果たすために、ずっと生きてきた。
隣でスヤスヤと寝息をたてている童女のようなハナを、モーセはじっと見つめる。彼女は何の苦悩も知らないように、今は優しい夢に包まれているのだろうか。 本当に守りたいものが出来た悦びを初めて知った。義務ではない。責務ではない。ただ、モーセの血が、肉が、叫んでいる。 ハナを一生守って行くのだ、この手で守り通していくのだ、、 その気持ちは、モーセの心を奮い立たせていく。今までどんなものにも負けずに屈強に生きてきた。ときには心の傷から血が流れ、歯を食いしばって痛みに耐えて、それでも感情は波立たず、淡々と歩いてきた。だが、今は、どんなものからでもハナを守ってやろうという力があふれ出ていた。

「ハナ、、お前さえいれば、、、」

だが、それは同時に、失うものの怖さを初めて知るモーセの苦悩へと変わって行く。大切なものを守るために、、、だが、世の中にない、“絶対” という二文字が頭を過る。守りたいと思っていても、予期せぬことは起きていく。長く生きていればそれが現実なのだと痛いほど思い知らされる。モーセはブルリと体が震えた。こんな気持ちは今まで感じたことがなかった。与えられるすべてをハナに与えたい。彼女にはいつも幸せで笑っていてほしかった。

「だが、、、」

鏡が割れるように、この幸せが、ハナが、モーセの手から消えていってしまうことがあるのだろうか。モーセの拳がぎゅっと握られた。ハナを思いっきり抱きしめて、自分だけだと言わせてやりたい。

/ガサガサ、、/

モーセが気が付くと、うっすらとした薄闇の中でハナの黒い瞳と視線があった。

「何だ、、起きてしまったのか?いや、、俺が、起こしたのか?」

ボソリとつぶやいた独り言のようなモーセの言葉に、ハナは心配そうに、だが、頭をぶんぶんと振る。顔をしかめっ面をして、モーセを指差した。

<怖い顔をしている、、>

ハナはそう言いたかったのだろう。心配そうな黒い瞳に見つめられ、あれだけ乱れていたモーセの心に穏やかな灯がともって行く。

「ふん、不思議なものだ。」

モーセは自分の心がこんなにもハナに占領されていることに驚きを隠せなかった。

キングサイズよりも大きな寝台は、ハナにとってはどこまでも続くシーツの海に囲まれているだけなのに、そこに、モーセが横たわるだけで、どうしてこんなにも窮屈になってしまうのだろう。胎児のように、くの字に曲げたハナの小さな体のすぐ傍には、モーセのたくましい体が寄り添っている。

「口づけを、、お前からしてくれ。」

ハナが慌てふためく暇を与えず、モーセはそのまま目を閉じた。ハナの目の前に、長くしっかりとした睫毛を伏せた美しい男の横顔が無防備にさらされた。起きたばかりの彼女は、頭もぼーっとしていて、どうしていいのかわからず、ドギマギとしながらモーセの顔をじっと見る。いつも気をぬかず周囲に緊張を張り巡らせているモーセが、今はハナのすぐ横で、随分とリラックスした面持ちで自然に目を閉じていた。それが嬉しくて、ハナはスリスリとモーセの傍に自分の体を近づけて、彼の唇にキスを落とした。

/チュッ/

ハナが思ったよりもモーセの頬に唇が吸い付いて大きな音がでてしまった。恥ずかしくて、ハナは顔が真っ赤だ。だが、モーセは目を開けなかった。けれど、微かに彼の唇の端があがったように見えた。おそらく、ぎこちないハナの仕草が目に浮かんだのか、とても優しい顔になっていた。

(不思議な女だ。)

先ほどまでのモーセの不安も懸念も負のオーラすらも、今はすっかり身を潜め、モーセはただその居心地の良いぬくもりに身を委ねていた。何だかとてつもなく気持ちがいい。
すぐにモーセの寝息が聞こえ、ハナはそっと微笑んだ。そして、またひとつ、彼の口元に口づけを落とす。

「む、、、」

モーセのうめき声が聞こえた。まるで眠りを邪魔されて機嫌をそこねる子供のようだ。

―――― あなたの宝物でいたいから、、、

気が付いたら、ハナの胸に芽生えていた願い。果たして、それは叶えられたのだろうか、、、幸せすぎるから、だから、怖くて臆病になってしまう。けれど、、、自分は決めたのだから。

(モーセの傍にいる。ずっといる。)

モーセの寝息は深くなっていく。穏やかな顔でぐっすり眠っているようだ。ハナは安心して瞼を閉じた。





                第一部  完

感謝と今後のこと:

うわあああ、やっと第一部終了です。何とかイチャラブに少しこぎつけたようです。第二部はもう少し甘くできそうかな?とは思っています。第二部連載開始まで少し充電して、第二部のお話のストックを頑張って書き溜めたいと思っております。サイトのツブヤキブログに小説のアレコレをつぶやいておりますので、お暇なときに覗いていただければ、第二部の連載開始見通しが立った時点でお知らせできると思います。また連載中にいただきましたポチリ応援、そしてコメントありがとうございます。いつも元気とモチベーションに変えてアゲアゲチャージにさせていただいております。またみなさまからのコメントも、随時、サイトのツブヤキブログで、お返事をさせていただいております。それでは第二部までSEE U でございます。vvv

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