わんこの騒動

1.

「俺さ、結婚しようと思うんだ。」

北村良太(きたむらりょうた)は、一気に言って、清々しい気持ちで薩摩焼酎をぐいっと喉に流しこんだ。一瞬、空気が止まった、、その刹那、

「「ええええええええっ??!!」」

その叫び声が合図で、一斉に空気が流れ出す。設楽涼(したらりょう)はその美しい眉をこれでもかとあげ、谷美和子(たにみわこ)も大口を開けて固まっている。倉沢ゆり子(くらさわゆりこ)だけが、かろうじて声を出さなかったものの、彼女も彼女なりに驚いているようで、切れ長の目をパチクリとさせている。

「ちょちょちょっと、北村君、、落ち着いて、ね?」

涼は目の前にいる、図体のデカイ男 =顔の造作はチョコマカとしてかわいい= まるで大型わんこのようなつぶらな瞳に何の曇りもみえない、その男の肩をドウドウと叩いた。

「もうプロポーズ済みっていうことですか?」

さすがに、この場唯一既婚者の美和子だ。『どんな人?』とか、『どこで知り合ったの?』とかそんな通俗的な話題よりもまず先に肝心のことを聞く。

「まだ。」
「、、、、、」

「つうか、俺、、したい、しようと思ってる!」
「、、、、、」

一同しーんとなる中、美和子が先陣を切った。

「北村さん、彼女は北村さんの結婚したい気持ちっていうのを、ウスウスでも感じ取ってるんですか?」

美和子の厳しい追及に、北村は動じる事もなく言い放つ。

「いや、そこまでは、、だって、まだ2回しか会ってないし。」
「はあ?」

段々話が飲み込めてきた。一同は、個々にため息をついた。いつもの北村の、勝手な先走りというやつだ。

「よし北村、まず順番を踏め、いいか、どこで知り合った?お前まさか、前に言っていた、新人の海江田三樹(かいえだみき)じゃねえだろうな?」

北村はブンブンと断固として頭を振った。さすがに長年柔道で培われた首だけのことはある。どんなに頭を激しく振ってもその太い首はビクともしなかった。ゆり子は驚いたように目を見張り、何気に涼の首元に視線を移した。何かを思い出したのか、ゆり子の頬が少し赤くなった。涼はそれを見逃さない。大方、北村のがっしりした体と自分が比べられたのかと涼はおもしろくない。だが彼は絶対にそんなことはオクビにも出さず、先を続けた。

「じゃ、その相手って、誰だよ?」
「俺、見合いしたんだ。数ヶ月前、、」
「え?お前何も言ってなかったじゃないか?」
「いや、、話そうと思ったけど、、涼はさ、最近、何かと倉沢とアレだから、何だか悪くって、、」

何が ”倉沢とアレ”だから、とは意味を全く呈してないが、とりあえず北村なりに涼に遠慮していたのだろう。

「で、会ったのは見合いのときいれて3回なんだけど、メールやら電話のやり取りとかで盛り上がっちゃって、、」
「じゃ、、寝てみました?」

しれっと美和子が焼酎を飲みながら、なんともさりげないのだが、北村の動揺がハンパじゃない。

「ば、バカっ、谷、お前何、な、何言ってんだよ、相手は、ま、まだ、去年卒業したばかりの、、24歳のお、お嬢様なんだどっ?!」

よほどあせっていたのか、最後の語尾があやしい。

「何をしている方なんですか?」

ゆり子が話を立て直すようにおだやかに尋ねた。

「実は、、家事見習いっていうので、世間知らずのお嬢さんなんだ。」
「はあああ?」

美和子の手厳しい合いの手が入る。

「家事見習いっていえば聞こえがいいですけど、大方、働くのメンドーだし、たるいし、だったら専業主婦でいいかも、なんて甘い考えのお子ちゃまなんじゃないんですか?」
「お前なあ、舞ちゃんは、そんなことを考えるほどスレてねえんだよ。ったく、谷、お前はどうも世の中をハスに見ていかん!」

どこぞの昭和の親父の生き残りかのように、北村は、焼酎を飲み干してドンとグラスをテーブルに置いた。

「いや、世の中の女を知らなさすぎなのは、北村さんの方ですから。」

美和子は棘のある口調で言い返し、が、何かを思いなおしたようだ。

「わたしが、見てあげましょうか?その舞ちゃんとやらを。だいたい北村さん少しばかり女を見る目が、、」
「美和子、、、」

ゆり子が美和子をたしなめた。ところが、北村は気分を害するどころか、

「うん。それは俺もわかってるつもりだ。だから、、、」
「ん?」

北村のわんこのような瞳がヒシヒシと涼に訴えかける。

「頼む、涼! 今度一緒に会って貰えないか?」
「ん? え?えええええ???」


*****
「ちょ、ちょっと、設楽さん、、、」

ゆり子にひどく懇願されても灯りは煌々とつけまたま、涼はしつようにゆり子を求める。厭らしい淫らなゆり子の場所に触れるたび、彼女の白く細い肢体がくねくねと動きながら、なるべく涼の攻撃を最小限にしようと涼の肌からのがれようとする。

「ほら、動かない。」

両腕で抱きしめて、その愛らしい唇をふさいだ。肌をあわせてから少しずつではあるが、涼に甘えることもあるし、会社では知らないゆり子の一面を垣間見ることもある。けれど多くを語らないゆり子の気持ちは、ときどき涼を不安にさせる。



『わたしはお勧めしないなあ。設楽さんが舞チャンと会うの。』

化粧室に立ったゆり子のいない席で、美和子はボソリとつぶやいた。

『だって、舞ちゃん、設楽さんのこと好きになっちゃうかもしれないし、、』
『お前、それ俺に失礼だろうがああ?』

北村がへそを曲げる。

『俺だって、倉沢がいる今、他の女にチョッカイなんて出さねえし、倉沢以外の女に興味も、ねえよ。』

こんな風に言われれば、周りはこれはノロケと受け取って、はいはい、ご馳走さま、などと軽いノリで落ち着きそうだが、ついこの間まで、本命を一切決めず遊びまわっていた、この美しい男の口から漏れる言葉には、重みがあり真剣さが窺われた。つまりは、それだけ涼はゆり子にメロメロなのだ。

『うへええ、設楽さんの口からよもやそんな言葉を聞こうとは、、、はああ、ユリタがちょっと羨ましいいい。』

などと美和子は言うも、ゆり子が涼にしっかり愛されているのを確認できて嬉しそうに笑った。

『だったら、涼、頼むよ。なっ?』

しつように頭を下げる北村に、さすがの涼も何とか友人の頼みを聞いてやりたいと情にほだされる。



「あ、、し、設楽さん、、、」

ゆり子を何度抱いても飽きない。いや、抱けば抱くほど、また欲っしてしまう。処女を奪った最初の男のはずなのに、ゆり子は未だ涼には依存しない。こうやってゆり子の体をむさぼり、弱いところを攻めていき、声がでないほど啼かせ、、、そしてやっと、初めてゆり子が自分に征服されていく、そんな実感がわく。すっかり馴染んだベッドが涼の動きでギシギシと音を立てる。主(あるじ)を思わせるような、きちんと整頓されているモノモノ、シンプルで品の良い家具、、涼にはすっかり見慣れた風景だ。

「ここ、、好きだよな?」 
「、、、、」
「なあ、いいって言えよ?気持ちがいいんだろう?」

言葉で攻めていく涼に、初めは屈服しないゆり子も、所詮経験値の差で敵わない。唇が、ゆり子のなめらかな肌を狂わすように優しく落ちていく。触れるか触れないかの、そんな繊細な動きで、ツツっと彼女の肢体を愛撫する。

「あ、あ、ああ、」

途中、我慢できずゆり子の腰がピクリ、またピクリとあがる。ゆり子は背中も弱い。美しい骨格、、背骨の脇を人差し指で一筆書きのようにすううっとなぞると、ゆり子の唇が官能的に開く。

「い、やあ、、もう、だ、、め、、きて、、」
「ん?聞こえない、、倉沢、何て?」

こういうときの涼は実に意地悪だ。ゆり子の切れ長の目に一瞬睨まれるが、彼の唇がゆり子の首筋に触れる。

「あ、」

ここもゆり子の弱い部分。思ったとおりの反応に、フッと笑いを漏らせば、息がそっとまた首筋にかかり、そしてゆり子の泣きが入る。

「もう、や、お願い、、、設楽さん、、、」

眉じりを少し下げ、目を細め瞳を潤ますゆり子の顔は絶対に会社では見たことがない。俺だけの、、、そう思った瞬間、彼はゆり子の細い腰をぐっと持ち上げ、己を突いていく。十分濡れているゆり子のそこへ、快楽と欲望と、そして切なさがいりまじったいいようもない気持ちと共に、ぐぐっと一気に貫いていく。

「あああああああ、、、、」

いつまでたっても狭いゆり子のそこを、普通のヒトよりも質量が増すその涼の大きな猛ルモノが入っていくのは、ゆり子にとっては、かなりキツキツで苦しいに違いない。だが、進んでいくたびに、ゆり子の狭い壁が涼のものと摩擦しながらお互いを感じていくこの気持ちのよさが、何とも言えずたまらない。涼の瞳がとろりとなる。ゆり子の顔を見れば、苦しげな息に反して、表情には恍惚感が表れ、それを見る度、涼の胸に喜びと満足感が広がっていく。本当はもっと突いて突きまくって、焦らして、自分の名前を呼ばせ懇願させながら、ゆり子を狂わせたいのだが、涼の限界がもうそこまで来てしまっている。いつだってゆり子との1回目は、涼には余裕などないのだ。

「達きたい、、、?、、 あ、くら、さわ?」

イキタイのがゆり子なのかと聞いているのか、己がもう達ってしまうのか、どちらともとれるその瞬間、涼の我慢が解き放たれる。また膨らんで質量を帯び、ビクンとなったあと、ドクドクと淫欲を吐き出した。

「あっ、あっ、、、、」

二人の息があがった。涼の下でゆり子は苦しげに息を吐きながら、今達ったばかりの涼をじっと見つめている。切れ長の瞳がどこか濡れそぼっていて、息を吐き出す唇は色っぽい。白い肢体は、興奮の余韻でか、ピンクに染まっている。

「やばい、、そんな目で見んなよ。」

この切れ長の瞳は涼をドキリとさせる。

「いつみても綺麗なんですもの、、設楽さん、、、」
「何も、出ないぜ?」

ゆり子は涼の顔が好きだと、以前白状したことがある。見事なまでの黄金比の顔のパーツ、中でも一重で切れ長の瞳が美しいのだと彼女は言う。一重の切れ長は、人に威圧感を与え恐れさせたりすることもあるからと、涼はとりあえず、会社などでは笑顔を見せる社交術を忘れない。けれど、涼が達くとき、切れ長の瞳がそっと瞼で押しやられ、はあと息を吐き出すその瞬間がとても綺麗でたまらない、、そんなことをゆり子に言われたことがあった。

「ふふふ、そんじょそこらの女性よりも設楽さんの顔、綺麗ですもの、見ていて、たまらなくなります。」
「ふうん、たまらなくなるの俺の顔だけ? ここはどう?倉沢を喜ばせる為に毎度張り切ってるんだけど?」

ニヤリと唇の端を上げ、ゆり子を真っ赤にさせた。

「設楽さん、最近、親父入ってますから!」
「だって親父だもん。お前の可愛がっている牧川と違って親父だもん。」

最後は拗ねた口調になった。ゆり子が浮気などするはずもないと頭では、わかっているのだが、未だ牧川はどうも油断できない。つい下らない嫉妬が顔をもたげる。

「設楽さん、、、シャワー浴びてきたいんですけど、、」

ピロートークもそこそこにゆり子はすぐにベッドから出ようとする。

「だあめ、お前学習しないね?あんなに仕事できるのにねえ?」
「、、、」
「俺が今まで一回で終わったことなんてあった?」

繋がっていないと、すぐに逃げようとするこの小憎らしい女に、涼は乱暴に覆いかぶさり、激しく唇を奪った。舌を入れて、ゆり子の口内を犯していく。ゆり子は少し抵抗を見せるも、涼の執拗な舌の動きに最後は観念する。ピチャピチャクチュクチュと何とも淫らな水音が、部屋の暖房の音と重なっていく。

「はあ、ああ、」

仕置きのつもりが、涼のボルテージがあがっていき、2回目のセックスへと翻弄されていく。

(かなわねえんだよ、、、こいつには、、、、)
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