処女の落とし方

1.

「なあ、あれさ、みんながみんな女って、オーラルセックス好きってわけじゃないんだよな。」

「ぶっ、、、」

こんな酒の席でのいきなりな無粋の話題に、思わずビールを吹き出す男。 な、な、なんだよ、この男は、といぶかしがりながら隣の野獣を見る。

「どうしたんだよ、いきなり。ん?き・た・む・ら・く・ん?」

設楽 涼(したら りょう)は、ちょっとあせった自分を隠すように、揶揄しながら敬称をつけて同期を呼んでみる。こちらは、先ほどあの無粋な質問をした “野獣” 北村(きたむら)とは正反対、美しい獣と書いて『びじゅう』そう呼ばれるのがふさわしい男。美しく鍛えあげられた筋肉を、イタリアンブランドビジネススーツで覆い隠した体の線は、細くとてもしなやかだ。肉食系でありながらぜんぜんガツガツしていないのは、その美しい容貌から女に全く不自由をしていないという証拠。涼は優雅にテーブルの上に置いてある紙ナプキンをひらりと長い指先でつまんで口元を押さえた。

「いやあ、エロ動画サイトとかDVDとかさ、やらせとかわかってても素人ナンパモノのやつとかに出てくる女って、『素人でぇす』みたいな顔してすっげえエロいことしてくれるじゃん。フェラなんかもう当たり前、みたいな、あの最初の流れとか、」

185はゆうにあるでかいガタイ、昔柔道をやっていたらしい屈強な体を持ちあわている北村だが、よく見れば、その厳ついゴリラ顔にチョコンとのせてある丸い目元はちょっとかわいらしい。

「お前は思春期のガキかっ!」

あきれたように設楽涼はその涼やかな切れ長の大きな瞳で睨みつけた。

「いや、この間寝た女、絶対フェラは嫌だって頑なで、無理強いしたら吐くわよって、俺、まじ、萎えた。」

『おおかたすっげぇぇぇぇぇ臭かったんじゃねえの?』と毒づけば、北村のまん丸い瞳が悲しげにゆらいで、あああああ、トラウマだああ と言ってそのままぐてんとテーブルに突っ伏した。その仕草は、涼が昔飼っていたゴールデンレトリバーのレオンとだぶる。

(こいつやっぱかわいい、憎めないねえ。)

涼と北村は、上場企業1部の食品会社に勤務している。設楽涼は、去年の6月、海外事業部の営業3課の課長職が発令された。並みいるエリート社員の中でわずか33歳の若輩で海外事業部の課長を任されるということは異例の昇進といえる。営業3課は海外事業の中でも主に中南米の原材料担当で、当然現地駐在員やそのスタッフと連携しながら業務がすすめられる。しかし彼の場合は、現地ローカルを足しげく訪れ、現地駐在員、スタッフと協力連携しながら、ローカルサプライヤーたちの信用と絆を獲得した。そのかいあって格安で品質の良い原材料調達ルートを新しく確立した。このお陰で未知数の可能性が広がり今後もかなりの利益が期待されている。勿論、英語のほかに、駐在員も一目置くほどのスペイン語力を駆使し、中南米の人々の心に入り込んでいったのはいうまでもないが、おそらく彼の容姿も大いに役立ったのは当然涼も承知のこと。対して、北村は体育会系をそのまま仕事に持ち込む猪突猛進型。運の良いことに、有名百貨店の販売部本部長がたいそう彼を気に入り、破格の取引が成立。これにより北村も今年の4月、涼に続き同期第2号の課長の誕生となり、営業部百貨店販売部門課長として働いている。涼、北村、各々で億単位見込みの利益を算出し、売り上げ10億は堅いと上層部はホクホクなのである。現在若干34歳となる選り抜き2人組、今夜は久しぶりに顔を合わせて、羽をのばし中なのであった。

未だテーブルに突っ伏したままの北村を見ながら涼は言葉をかけた。

「まあ、俺も何度かフェラしたことない、つう女に会ったことあるよ。そんな珍しいことじゃないし、、、」

突っ伏していた顔を上げる北村。

「で、お前、どしたのよ、それで?」

「俺の場合は別に無理強いしなかったけど、やり方とか教えたりとかして結局やってもらったり、、、、とか?」

「ああああ!!」

再び撃沈の北村。だが急に思いついたように顔をあげた。

「じゃ、不感症とかそういうんじゃなくて普通の女ってほとんど、7割以上が感じたふりしてるっていう驚愕の事実は?」

「なんだよ、お前、今までずっと騙されてたの? まさかと思うけど、俺ってすごい、とか思ってセックスしてたのかよ?」

「え? だって『気持ちいいい』とか言われると気分いいし、『いくうううう』なんてよく聞くじゃんよ。」

「お前さああ、中坊じゃあないんだから、エロ雑誌とかエロDVDとかの影響うけすぎだって。」

涼は呆れたように北村の情けない顔を見る。涼はこの外見からとにかく若い頃から女に困ったことはなかったし、セックスに関していえば、思春期を終える頃には一通りのことはとりあえず経験していた。あんなことも、こんなことも、だ。しかし、北村の学生時代はスポーツに明け暮れ、とにかく悶々とした青春時代を過ごしていたらしい。大学1年生の頃、童貞はプロに捧げ、その後チョクチョク プロ通いをして青春を過ごした。3年に進級してまもなく同じゼミで知り合った子と付き合うも、3ヶ月の短い付き合いで、またもや柔道一直線の道をたどることになった。やっと ここ最近、30を過ぎたあたりから、相次ぐ仕事の成功も重なって、いわゆる普通の女性からお声がかかるようになってきて、遅咲きの狂い咲きで、どうやら、やりまくっているらしい。

以前にもちょっと気になったので言ってみたことがあった。

「お前あんまり会社の女どもに手はだすなよ。やるなら、なるべく外で見つけろ。」

と忠告したつもりの涼に北村がイヤミったらしく目を細めて、ついには反論されてしまった。

「何だよ、お前なんて入社当時から会社の女とやりまくってただろうがああああ!!」

と痛いところを突いてきた。

「俺は、後腐れないようにするの、適当に、、、、女に溺れないし、主導権握るし。色々修羅場も経験したから、後々問題起こさないような女を見抜く自信はある。それに、」

ここは声が大きくなった。

「最近は会社の女には手出してない、つうかマジ仕事一筋だし。」

思いっきり主張してみたが、涼のやってきたことを全て知っている北村にはどうも説得力が欠けていて逆効果だったのかもしれない。
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