キッスの上手い男

小説置き場

  1.  

ずっと憧れていたから、東城さんのこと。

だから彼の顔が近づいてきても逃げなかった。優しい唇がわたしの口元に降りて、温かい体温を感じてキスされてる、 そう思って、、、、 でもただそれだけ、、、

 

*********

 

高校卒業ちょっと手前、キスされた。いや、正しくはわたしが頼んだのだから、キスをしてもらった。うん、こちらの方がそれらしい。そしてわたしたちはキスをした。 水沢丈太郎。 180cmもあって筋肉もあったけど、どっちかというと太目で大きな体の印象。でも眉毛と瞳のバランスがきれいで、黒目が大きい。まつ毛も長くて、、 普通太ってるのって、絶対モテない、と思う。わたしが知ってる限り、先にも後にも=水沢丈太郎=この男だけ例外だ。だってガキみたいに騒ぐ男子をヨソ目に、この男は何だか大人びていた。クラスの女子みんなに優しかった。いつも苛められてた女の子が廊下で転んでた時、彼が通りかかって、優しく笑って手を差し出した。 胸がどきりとはねた。だって、彼の手は大きくて指が長くて、どんなものも絶対に放さず助けてくれる。だけど、その大きな手の平が向けられていたのは、わたしじゃない。彼の手を握ったらどんなだろう? 卒業前、この男とキスをした。彼の指先がわたしの顎を少し持ち上げ背の高い彼の顔がほんのちょっとかしげて、彼の唇がゆっくりと降りてきてわたしの唇に軽くふれた。彼の手はサラリとしていて、指は冷たい。なのに体に電流が走ったみたい。おなかがキュンと震えた。彼の匂いが鼻をかすめた。彼の匂い、、、泣きたくなった。

 

*********

 

「吉澤、ここ間違ってる」

東城先輩の最初の印象は、その長い綺麗な指先。その指でわたしが作成した書類の数字の上を指し示す。

「す、すみません、今やり直します。」

「OK!じゃあ3時までに直しといて」

東城さんはうち社内の人気株。みんなの憧れ。27歳で、背がスラリとしていて、見た目細いけど、結構筋肉があるって社内の女子の評判。目がすごく優しい色黒のスポーツマン。性格は穏やかで、絶対に怒ったのを見たことがなかった。人事も経理も財務も勿論秘書課も、みんな狙っていた。わたしだって憧れていて、、好き。 わたしがこの会社に入社したのは季節はずれの夏。

 

『今日から退職した木崎さんのかわりに入った、吉澤桃子(よしざわももこ)さんです。』

営業部長に紹介された。わたしは四大の就職活動中、希望の会社をことごとく落ちて、悲しい就職浪人生活を送っていた。ハロワに足しげく通った。運よく今の会社で人員補足の募集を見つけて応募した。応募数も30人くらいはいたのに、わたしにしては珍しく運の女神が微笑んでくれたみたいで、晴れて入社となったのだけど、、、ただし、契約社員。1年ごとに契約更新されるって。同じ職場で働いて、同じ仕事して、同じように残業して、、、、だけど、同じ年の4月に入った子達とやっぱり違う。同期って呼ぶには違和感がある。4ヶ月遅れただけなのに、それでもボーダーラインは、はっきりしていた。

『ねえ、あの子やっぱドンくさいよね?』

そう陰口叩かれるのは、わたしと同じ契約社員の黒木雛子(くろきひなこ)。

『だから契約社員なんだって。でなきゃ社員になってるでしょ?』

『あっ、モモは別よ。』

『モモはすごくよくやってくれてるし』

『そうだよ、モモはあたし達と同じだって。』

そう言われる度にあたしは愛想笑いを浮かべる。でも内心複雑。上から目線で言われてる、、、気がする。会社の大きな翼で守られている人たちと、いつ翼からはみ出してしまうのだろうかと疑心暗鬼なわたしたちとでは、やっぱり違う。わたしは学生の頃から、飛びぬけて出来るわけでも、飛びぬけてドン臭いわけでも、飛びぬけてかわいいわけでもなくて、、いたって普通。うん、だから普通に生きてきた。みんなと同じように外れることだけはない。後ろ指を指されたり、苛められたり、後ろ指を指したり、苛めたり、そういうことをせずに、いつも被害者にもならず、いつも加害者にもならず、普通に生きてる。それが一番楽だから、、

 

*********

 

「今日吉澤残業出来る?」

わたしは入社してすぐ東城さんのアシスタント的仕事を任された。地道な計算や、顧客のお茶出し、接客 そして顧客との電話応対。とびぬけてドウコウっていうわけではないけど、大失敗もやらかさない、お客さんからもクレームはなかったし。みんなが東城さんの噂をするたびに

『いいなあ、モモ、直アシで。』

『彼怒らないし、うらやましいよ。』

確かに入社早々恵まれていると思った。東城さんは教え方うまいし、優しいし、かっこいいし、素敵だし、指先がきれいで、みんなが憧れる要素なんてゴマンとあった。

 

「おい、吉澤桃子?聞いてんの?」

「あ、す、すみません。」

「何だ、ボンヤリして、何かあったか? 」

東城さんのクセ、座っているわたしのデスクの横で背の高さを持て余すように腰をかがめ、わたしの顔を覗き込む。彼の瞳と目が合う。東城さんの瞳が一瞬熱を帯びているように見えた。

「 い、いえ。何か、ぼおっとしていて。 」

わたしは愛想笑いでごまかす。東城さんの指先がわたしの頭をコツンと叩く。

「吉澤は、のんびりさんだからな。ぼおっとしてると怪我するぞ? 」

クスリと笑われた。別にのんびり屋ではないけれど、わたしは自分の意見を飲み込む癖がある。へラッと笑って、胸から込み上げてくるざらりとしたものを押し戻す。何かに熱くなったり、指摘したり、反論したり、そんなことは面倒臭い。みんなと同じように、みんなの中で目立たなければ楽だから。

「 す、すみませんでした。」

「で、今日残業、平気?」

「あ、はい。オッケーです。」

「じゃ、申請出しとく。 」

東城さんの声が嬉しそうに聞こえた。

彼は爽やかな笑顔を振りまいて自席に戻る。他の女子社員の瞳が好奇心に揺れてる、、そんな気がする。 何でわたしなんだろう。秘書課に東城さんを狙っている女(ヒト)たくさんいるのに。ううん、社内には、モデルのような均整のとれたスタイルで、顔もかわいくて、綺麗なヒトいっぱいるのに、何でわたしなんだろう?

 

初めてわたしが大きなミスをしたとき、課長も先輩たちも、みんなでフォローしてくれた。

『大丈夫だよ。吉澤、お前がミスするなんて滅多にないから。 』

みんな口々に言ってくれた。けど言われれば言われるほど、何だか自分がダメに思えた。結局契約社員だから、、そんな風に思われてる気がして、、、結局みんなのお陰でわたしのミスは見事にカバーされた。けれど、、、帰りの道すがら、涙がでた。夕焼けがあまりに綺麗だったから、、、紺色に染まったビル群から、窓の明かりがポツリポツリと見えたとき、何だかむしょうに悲しくなった。

『吉澤、どうした? 』

声がした。振り向かなくても誰だかわかる。東城さんがわたしの背中に声をかけた。わたしは振り向けなかった。東城さんが突然わたしの顔を覗き込んだ。

『ん?泣いてたんだ、、』

『えっ?』

初めて気がついた。そうか泣いてたんだ。

『バカだな、もう済んだことだろ?大事に至らなかったんだから。』

『、、、、』

『吉澤、頑張ってるもんな、いっつも頑張ってるもんな。 』

そんなことを言われた。わたしは、頑張ってなんかいない。ただ、人の群れにいたいから、だから、必死に目立たないようにしてるだけ。仕事が出来るほどわたしは優秀ではない。かといって失敗などやらかせば、別の意味で浮いてしまう。だから、、、違う、、わたしは頑張ってなんか、、、

『あっ、、、 』

いきなり東城さんに抱きしめられた。わたしの背中に彼の胸がピタリとついた。筋肉質の腕でわたしの体を後ろからギュッと抱きしめた。

『あ、、あの、東城さん、、』

『吉澤が泣いてるからいけない。』

『で、、でも、、』

何故?って動揺している自分と、誰かに見られたら、、そんな不安が同時に首をもたげる。夕暮れがすでに夜の闇へと変わっていく。そのせいか、あたりに人影はない。 わたしの耳元に東城さんの息がかかる。

『吉澤って、、ほっとけないんだ。』

『えっ? 』

彼の唇がわたしのつむじを刺激する。汗臭くないだろうか?そんなことを思ってしまう。

『甘い匂いがする。俺、、吉澤の髪の匂い、、好きなんだ。 』

ほっとした。だって、今日は色々あったから、髪の毛に埃や汗や、、そんなことを考える。気がつけば、わたしの視界に東城さんがいた。そういえば、彼の拘束がいつのまにか、、なかった。目の前にる彼。真剣な目だ。

『吉澤、、拒否権はないからね? 』

端整な顔が近づいて、吐息がかかる。わたしは東城さんの唇が近づいてくるのをずっと見ていた。

『あっ』

言葉とはウラハラに優しいキス。彼の温かさがわたしのソコに伝わっていく。わたし今、東城さんからキスされてる。優しくて甘くて、とてもサラリとしている感触。わたし、何人目かな?そんなことを考えていた。

『俺、誰にでもこんなことしないよ? 』

彼のいつものクセで、わたしの顔を覗き込まれていた。『 えっ? 読まれた!』 思わず両手で口を押さえた。

『ふふ、かわいいんだよ。何だか一途で。 』

東城さんは、まるで王子様のように、わたしのオデコにキスをした。背後に人が通っていく気配を感じ、どちらともなく、スっと離れた。

 

 

今日の残業は二人っきりだ。きっとまた東城さんはわたしに触れる。キスをする。何でわたしなんだろう?そう思う。けれど、東城さんが意識をしてくれてるそれ自体は、嫌じゃない。こんな素敵な先輩が、みんなの憧れの先輩が、こんな平凡なわたしに甘い言葉をささやき、触れ、キスをする。 けれど、、わたしの体は、、

 

**********

 

「あああん、あっ、いやっ、、 」

 

結局東城さんを断れなかった。彼は、あのまま二人っきりの残業で、いきなり仕事場で抱こうとした。

『 吉澤、、俺、、結構、もういっぱい、いっぱい、』

その声が何とも切なくて、けれど怖いくらいの視線でいきなり激しく体を引きよせられ、夕暮れのキスとは比べ物にならないような嫌らしい音をたたせ、わたしの唇をむさぼる。彼は、こんな激しさも持ち合わせている、、ううん、それともただの欲望? 東城さんとこのままどうなるかもわからないのに、毎日顔を合わせる仕事場で、抱かれる、、、それだけは避けたかった。

『だ、め、、東城さん、、あ、あの、どこか違う、、ところ、、 』

何度目かの懇願で、東城さんが動作を止めた。彼の瞳に優しさが戻る。

『ごめんな、、吉澤、、帰ろう。 』

この人は優しい。そうして、会社からも遠くで、自宅からも離れたところで、やっと見つけた小さなラブホ。その一室で抱かれる。

 

東城さんは、モテるから、それなりの経験を持ち合わせて、わたしを決して傷つけない。胸が痛いくらいに、わたしを優しく扱う。まるでわたしが壊れてしまうのだと、、、そんな風に思っているみたいに、、

「吉澤、、ほら、ここ、好きだろ?」

「ああああああ、ああ、 」

彼の長い指がわたしの中を襲う。わたしの反応をくまなく感じ取り、そこを執拗に攻める。セックスをするのは一年ぶりで、他人に裸を見せるのは恥ずかしい。その恥じらいがまるで初めてのようで、東城さんは誤解しているかもしれない。

「吉澤、力抜いて?かわいいよ。」

彼は何度も何度も甘い言葉でわたしの耳を攻めつくす。わたしの疼きが少しずつ少しずつ体を駆け巡る。

「ああ、いやあああ、いやあ、 」

何度も指で擦られ、指を増やされ、わたしの体がピクリと跳ねる。

「吉澤、、もう、、いいかな、、」

彼の限界が近いこと、それは彼の声音が語っていた。わたしは無言でうなずいた。頭がすれるシーツの音ズレがした。

「とう、、じょう、、さ、ん、お願い、、後ろから、、」

「えっ? 」

後ろが特別好きなわけじゃない。彼の顔を見ながら、そんなのは耐えられそうにもない。明日も、あさっても、そのまた次の日も、彼が異動しない限り、わたしが会社を辞めない、やめさせられない限り、仕事場での先輩と後輩は続く。東城さんみたいな人気者と寄り添っていけるほど、わたしに何か特別があるわけでもない。自分はわかっているつもりだ。

「わかった、、吉澤、体動かして、、 」

わたしは両肘をベッドについて、上半身を起こした。東城さんの優しい手が体に添えられ、わたしの意志とシンクロする。わたしはうつぶせになる。

「 もう少し、こっちおいで? 」

彼が導くまま、わたしはベッドの端にずり下がる。両足をぶらんと床に向け、腰の位置までをベッドの端にキープした。 そのまま東城さんの体がわたしに覆いかぶさってくる。

「足もう少し広げて、、ん、そう、腰を、、、 」

東城さんの意図することに従順に従う。固いものがわたしの腿にあたる。彼がわたしの両足に割って入る。

「 濡れてるみたいだね。 」

彼はいやらしそうにクスリと笑い、わたしの蜜を指先で確認する。

「あっ」

固い先端が、わたしの中に入ってくる。この感触は、、久しぶりだ。

「力抜いて、吉澤、そう。もっと腰上げて?」

どこまでも素直に従う。

「あああああ、」

スルリとわたしの狭い中に入ってきた東城さんも、『うっ 』と声を出した。彼はそのまま動かないで、わたしの髪の毛を撫でている。

「 後悔しないで? 吉澤。」

わたしはコクコクと頭だけを振った。わたしの中でそれが動き始める。

「ああ、熱い、、吉澤の、、熱い、、ああ、、 」

この人はこんな声も出すんだ。掠れた低い声で、彼は吐息をもらす。

「はっ、はっ、はっ、 」

彼の息があがる。わたしのセックス経験は乏しく、『イク』ということを知らない。だから、彼の息と同じようにわたしも声をあげていく。

「はぁ、はっ、吉澤、かわいい、かわいいよ」

「ん、はあ、はあ、ああん、ああん、 」

ベッドが激しく揺れ始める。

/ギシッギシッギシッ /

そのたんびにわたしの体も上下にミシミシと揺れる。東城さんの体の重さを感じる。

「はっ、はっ、はっ、 」

彼の動きが速くなる。

「ああん、ああ、あ、、、、、 」

わたしは悲鳴のような声をかすかにあげた。彼のものがピクリピクリとわたしの中で、まるで意思を持ったかのように蠢く。 一瞬時が止まる。

「はあ、はあ、はっ、」

東城さんの肩が大きく上下して息を吐く音だけがあたりに広まる。

「やべ、、久しぶりだから、あふれそう。」

彼は笑いながら、こぼれない様にスキンを押さえてそのままトイレへ駆け込んでいく。頭を少しもたげ上を見た。部屋の様子を見る間もなく抱かれた。天井が真っ赤だった。ベッドカバーも赤いから、一応部屋のイメージを統一しているらしい。そんなことを考えていると、トイレの水が流れた音が聞こえる。

/ガチャリ /

ハニカミながら東城さんがトイレから出てきた。真っ白なタオルを下半身で覆って、無駄な贅肉をこそげおとした上半身の綺麗な筋肉がわたしにはまぶしかった。わたしは、まだ先ほどと同じ格好でお尻を丸出しにして、うつぶせになっていた。まるで余韻を味わっているようにみえるかもしれない。

「モモ、、腰がやらしい。そ・そ・ら・れ・る」

彼の指先がわたしのお尻につうっと触れる。

「あっ 」

セックスの行為よりも、わたしはこういったスキンシップの方が好きだ。結局『イクこと』を知ることは出来なかったけれど、情事の後のこうした雰囲気は悪くない。きっと彼は愛する人には、とことん優しくなれる人なのだろう。

「もう一回したくなる。」

「えっ? 」

東城さんはいとも簡単にわたしを仰向けにすると、わたしの体を包み込みわたしにキスをした。優しくて、思いやりがあって、穏やかな、、そんなキス。わたしの心はほっとするけれど、体に電流は走らない。

「あん、東城さん、あ、お、願い、後ろから、、お願い、、 」

わたしはか細い声で再び懇願する。

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