餡子の行方

突然の再会 2.

「さあて、二次会といきますか?」

2時間半びっちりとぺちゃくちゃと盛り上がり、しまいにはすっかり打ち解けた合コンのメンバーたちは、居酒屋の時間制限が近づいてくると、誰ともなく声をあげた。

「風子どうするの?」

ミッツが尋ねる。この後予定もさりとてない風子が断る理由はなかった。

「ちょっと顔出そうかなあ。」
「ふうん。」

ミッツは、風子の保護者代わりと言わんばかりで、風子が行くなら仕方がないとばかりに彼女も二次会参加を決意したらしい。ところが、、

「どうかなあ?プー子?行けねえんじゃね?」

意味ありげに幹大が言う。

「何でよ?なんでよ?」

酔いの回りも手伝って、風子はいつも以上に頭が回らない。もっと言ってやりたいのに、言葉がでてこないのだ。だが幹大はふん!とばかりに唇の端をあげるだけ。どうにもこうにも馬鹿にされたようで風子は腹立たしい。
会計真っ最中の幹事だけを残し、メンバーはドカドカと階段を上がって行く。B1にあった今夜の居酒屋はまるで隠れ家のようで、その上、そこそこのお値段と味は抜群、から揚げの揚げ方などパリパリのじゅわぁーで風子はかなり気に入った。今度はゆっくり来て、メニューにあった海鮮どんぶりなどでも食べようと思いながら、風子もみんなと一緒に階段を上って行く。少しだけ、息があがる。まったく運動不足だし、このお肉がやっぱり邪魔だから、、そんなことを恨めしく思いながら、先に地上に出ていた合コンメンバーを視界にいれる。ひときわ目立つ、秘書課の黒葛原逸美(つづらばらいつみ)のロングヘアーが夜風に舞っている。彼女は風を味方につけながら、指先で髪をかき上げる。風子の憧れる女らしい色気のある仕草だ。現在風子が勤務している保険会社の美人ツートップが、ミッツとそしてこの逸美である。ミッツは誰にも媚びず、孤高を保つクールな美しさだが、逸美は八方美人で、=腹の中ではわからないとしても= どんなブサ男にも笑顔を振りまくギャップ美人だ。というのも、かなり綺麗だからツンツンしてそうにみえるのに、腹の出ている親父社員にも、『高木さぁん、今度ゴルフ教えてくださいね。』などとご自慢の髪をかき上げて微笑えんだりする。微笑まれた親父たちは、そのギャップにズキュンとやられ、親父たちは黒葛原逸美ファンになってしまうのだ。

(男って単純)

などと逸美がほくそ笑んでいたとしても、哀れ親父は逸美命で彼女のしもべとなり下がるのだから、たいした女だ。

背の高いミッツが馬鹿にしたように、風子の頭をこつんとつついた。

「見てごらん?あの女、ターゲットの男でも見つけたんじゃない?ふん!」

ミッツは、このウラオモテが大いにある逸美が大っ嫌いで、彼女がいようといまいと平気で悪態をつく。だが、今の言葉は風子の耳だけに聞こえるようにそっと囁いた。さすがに合コンという普段あまり知らない人たちもいる中での、ミッツなりのわきまえ方だ。

「え?」

風子は言われたままに逸美に視線を向ける。合コンメンバーの男たちが、逸美の周りに群がっている中、当の逸美は、顔を少し横にむけ、反対側の手を使って下の方からささーっと髪をかき上げている。黒髪が柔らかく、さわんと彼女の頭を揺らしていく。この逆手で下からかき上げる仕草がでるとき、逸美が振り向かせたい男を見つけた証だ。自分を最大限にアピールしているポーズらしく、今それを見たミッツがそれを揶揄しているのだった。風子は、逸美のお目当ての男を探そうとキョロキョロする。どうやら、逸美に群がっている男たちではなさそうだ。となると、少し遠く離れて立っている幹事グループか、、あるいは、、、

「よっ!ここ!ここ!」

風子たちの後ろからついてきた幹大が手をあげた。

「え?」

幹大が手を挙げた先に、風子も視線を移す。店先から少し離れたガードレールに男が座っていた。居酒屋がある場所は駅の道へ続く主要道路が走っている立地の良い場所で、周囲には洒落たレストランや夜の酒場が華やかな明かりをキラキラとさせている。だから、夜9時とはいえ、幹大の視線の先にいる男の姿は、風子の目にもしっかりとらえた。

(綺麗、、、)

思わず声が出てしまう。ガードレールに腰をかけていたから、その背丈はわからなかったのに、幹大が声をかけたお蔭で、彼は腰をあげこちらに近づいてくる。幹大の体つきと比べれば華奢に思えたが、風子の瞳に段々大きく映るスラリと伸びた肢体はゆうに175は超えているように見えた。だが、何よりも風子を釘つけにしたのは、その彼が醸し出す雰囲気だ。少女マンガなら、花を背負って登場する王子様のような、かといって華やかな大輪の薔薇というよりも、シュッとクールな印象のしだれフジが真っ先に風子の頭を過った。

「待った?」

幹大の問いかけに、男は無言で首を振りながら、やがて、風子の傍に近づけば、彼はチタンフレームの奥から輝く瞳を、きゅっと大きく開いた。何だか驚いているようで、指先を口にあてている。

「プー子、ショーニィ!」
「え?」

風子の耳はいかれてしまったようで、幹大の声が何度も何度も響き渡った。

(しょうに、、小2、、、)

切羽詰ると脳は、どこまで勝手な解釈をしようとする。風子だって同じだ。やがて、小学校二年生とは何の脈絡もないことを受け止めて、初めてもう一度その男に風子は向き直った。

「し、、ショーニー?」

不安げな声で、ずっとずっと思っていた人の名前を呼んでみる。

「じゃ、行くぞ!」

プイと横を向いて、そのショーニィらしき男はくるりと風子に背中を向けた。あろうことか、さっさか歩き始めている。風子よりも随分背が高いから、その歩幅が大きくて、何だかあっというまに置いてきぼりになりそうな勢いだ。

「って、な、何?え?何?え?え?」

風子は奏の背中と幹大の顔を交互に見つめ、あまりに予想外すぎる状況に、あわてふためき声にならない。

「プー子、急げ!ショーニィに、どやされるぞっ!」

幹大が、奏の後をついていくように風子に促す。

「え?」

どうしよう、そう思った矢先、ミッツの声がかかった。

「行ってきたら?風子。メルヘンチックな思い出が壊れるのかどうなるのか、確かめてきたら?」

ミッツには何もかもオミトオシのようで、有無を言わさない感じで風子の背中をポンと押した。拍子に、風子は足が前につんのめってしまった。

「きゃっ。」
「あぶねえな?」

傍にいた幹大が風子の腕をぎゅっと掴んだ。

「お前、ほんと、とろい!変わんねえな?」

呆れた口調の幹大に、少しばかりカチンときた風子は口を膨らました。

「あのねえ!」

幹大に向かって一言、何か言ってやろうとした風子に、ミッツの冷たい声がした。

「いいの?お待たせのようだけど?」

ミッツの指し示す方向に風子は顔を向けた。綺麗に整えられた爪の先に、少ししびれをきらしたような男が首をかしげて立っている。

「あ!」

あわてて風子は走り出した。ミッツが呆れたような声をだす。大切なオモチャを見ず知らずの男に持っていかれたような、そんなつまらなさが声音に出る。

「はあ、、んもう!」

ミッツは思わず、ちょっと憎らしそうな声をだした。

「ね?近衛君、近衛兄(このえあに)って、ちゃんとしてる人なんでしょうね?送りオオカミとか?」
「え?」

ミッツの迫力にたじろぐ幹大は、ゴクリと喉を鳴らした。

「も、勿論、昔から風子の保護者だから。だ、大丈夫。」
「ふん!」

ハナを鳴らしたミッツのところへ、先ほどから様子を窺がっていたらしい黒葛原逸美が傍にやって来た。

「三ツ矢さん、二次会に行くんでしょう?」

ミッツを目の敵にしているような逸美は、普段なら絶対に声をかけないのに、今は傍でミッツに媚びを売る。そのまま、優しげな笑顔を幹大に向けた。

「先ほどの人、近衛君のお知り合い?」

逸美は得意の、黒髪バサリで、反対側の手で耳後ろから髪をかき上げた。確かに ふわりと甘い香りがする。幹大も男だから、トラップな匂いには弱そうだ。何も疑わない様子で、逸美に答えた。

「ああ、俺の兄貴!」
「まあ。」

ぱっと逸美の顔が上気した。何ともわかり易い女だと、ミッツは心の中で悪態をついた。風子がいない今、二次会にすっかり興味のうせたミッツだった。
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