餡子の行方

風子の修羅場 2.

【ご、、ごめん、、、実家に帰れないかも、、、佳つ乃さんにつかまった。】
【どこ?】
【今、、、、新橋カラオケルーム。】
【わたし行くわ。何号室?】
【だ、、だめ、、、ミッツ、大丈夫だから。心配しないで。】
【せめて部屋番教えて!でないと近衛兄に通報するよ。】
【4F−411。】
【わかった何かあれば連絡ね?】



佳つ乃がカラオケのフロントとやり取りをしている間に、再三のミッツからのせっつきに、やっと風子はSNS通信をしていた。



「ふうこちゃん、まさか、今、奏にメール打ってたの?」

フロントで手続きを終えた佳つ乃の瞳が鋭く光った。

「い、いえ、、、友達です。今日友人の家に泊まるから、、」
「ああ、そうよね?奏に連絡出来るわけないものねえ?」

上目使いにクスリと佳つ乃は笑った。バカにしているような、何か含んでいるような笑いだ。風子はドキリとした。まさか、奏が、あの夜の出来事を佳つ乃に話してしまったんだろうか?

「あ、、あの?」
「まあ、いいわ、行きましょう。」


4階の通路を歩き、角の小さな部屋に案内された。


「意外?わたしがカラオケに誘ったから、、でもカラオケルームって便利なのよ。」
「、、、、、」
「学生のときは、よくここで奏と勉強したわ。時間帯によっては安いし、食べれるし、その上、ちゃんとプライベートが約束されてるし、、ふふふ、完全な個室だし、、、若い人なんてH目的で使っちゃったりしてるんじゃない?」
「さ、、さあ?」

風子は大勢でカラオケに来て、歌って帰るという、本来の目的以外使用したことはない。そんなイヤラシイ目的でなど考えたこともなかった。だが、あらためて、部屋を見回してみた。健全な光というよりも、薄暗い中での暖色系のライトが、言われてみれば厭らしさを想像できるかもしれない。新橋という場所柄もあるのか、風子がいつも行っているような馴染みの全国展開のカラオケ館とは違っていた。壁はサイケな模様で夜光ペイントで描かれたピンクのラインが浮き出て見えて、ライトのせいか、床も何だか趣味の悪いピンク色に見えた。風子たちが通された部屋は少人数用のこじんまりとした部屋で、青っぽいソファと椅子がせせこましく並んでいた。体と体が触れあいそうな感じで、そんな目的で来たと言われても、なんとなく今更ながら頷ける気もした。

「一度なんて、隣で、始まっちゃって、、、ふふふ、、、わたしたちは、小さな音で曲を流してるんだけど、向こうは大音量で流してて、、でも曲が終わってもなんだか夢中になってるらしく、すごいの、、、隣からの喘ぎ声が、、、奏ったら困った顔したけど、、うふふふ、さすがにここではわたしたちその気になれなかったけど、、、」

この女(ひと)は何を言っているのだろう、、、風子は虚ろな目をしてぼんやりと佳つ乃を見つめていた。

「だから、そのあと、わたしたち、、、わかるでしょ?ラブホで、すごかったの、奏ったら、もう激しくて、、、、あの夜は最高に燃えたわ。あら、やだ、、、ごめんなさい。」

口元を押さえた佳つ乃だが、ちっとも恥じていない様子で、それどころか、奏との出来事を風子に自慢げに話したげだった。

「だから、、ごめんなさいね。ふうこちゃん。」
「え?」
「最近、、わたしたち、、ナカナカ会う機会がなくて、、わたしもここのところ仕事が忙しくて、、求められても、、その、、、、それで、奏だって男性でしょう?」
「あ、、、」
「激しかったんじゃない?」
「え」
「たぶん、、わたしのこと思ってふうこちゃんのこと抱いてしまったみたい、、、奏ったら、それでふうこちゃんに悪いことしたって落ち込んじゃって、、、昨日も大変だったの、、、ふうこちゃんったら奏と会ってくれないんでしょ?」

恐らく、頭を殴られたような、という言葉の表現はこういうことを言うのかもしれない。いくらなんでも、ひどい。奏がそこまで佳つ乃に話してしまったなんて、、、けれど、風子はすぐに思い直した。悲劇のヒロインぶったところで、恋人のいる奏に向かって、抱いてくれと頼んだのは、風子のほうだ。最初は拒んだ奏だったけれど、あとは結果的に風子の押しに流されたようになり、、、とすれば、佳つ乃にしてみれば、風子は、大切な恋人の浮気相手となるのだ。だが、佳つ乃は風子に怒っているというよりも、奏のオイタを見つけたように余裕の笑みを風子に向けている。それだけ、風子など佳つ乃の敵ではないということ。つまり、奏の心はがっちりと掴んで、奏にしっかりと愛されている証拠だ。奏に抱かれたあの一晩中、一瞬でも勘違いをしそうになった風子は、己を馬鹿だと笑いたくなった。佳つ乃には勝てないのだ。すっかり余裕の佳つ乃は、美しい艶やかな髪をかき上げて、長い脚を組み替えた。狭い窮屈なソファーだというのに、器用で優雅なその動きに、風子は同じ女として絶対に適わないと打ちのめされた。

「ふうこちゃん、、、確かに奏のやったことは、ふうこちゃんを傷つけてしまって、許されることではないけど、、、でもわかるでしょ?わたしという人間がいるのに、あんなことになるって、それってルール違反よね?」

佳つ乃の言っていることはもっともで、風子は何も言い返せなかった。うなだれたまま、コクンと頭を縦に振った。

「だったら、もうやめてね?っていうか勘違いしないでね?奏は、あなたがほしかったわけじゃない。わたしの温もりがほしかっただけなのよ?」

無言でうつむく風子に、佳つ乃は容赦しなかった。

「ふうこちゃんを抱いて、、その、、、男の、、いわゆる性欲は一応満たされたみたいなんだけれど、、、そのあとの嫌悪感と罪悪感で、、奏は、すぐわたしのところへきて、懺悔というか、、、心が満たされなかったのね。すぐ、わたしを襲うように抱いたの。」
「え、、、」

風子は驚愕した。風子を抱いた奏の手が、あの指先が、温もりが、すぐに風子とのことを消し去るように佳つ乃を求めた。それは、いくらなんでも、、風子には耐えられず、、、

「ごめんなさい、、、」

小さくつぶやいた。今すぐにでもここから逃げ出したかった。

「ふふふ、もう、彼ったらね、一晩中、、ううん、土曜日、そして昨日も夜遅くまで、ずっとわたしを激しく求めたの。抱かれて、何度も抱かれて、奏が言うの。佳つ乃が一番だって、たまらないんですって、、、求めても求めても、すぐにまた抱きたくなる体で、、わたしを一生放したくないって。」

グロスを塗った艶やかな佳つ乃の唇の端があがり、淫靡に笑った。それは風子を見下していた。

「アイツはマグロで、まいったよ、なんて言うの。ひどいわよね?だって、ふうこちゃん経験ないんだから、、、、でもね、わたしたち、本当に体の相性もいいのよ。だからついつい、奏の気持ちに応えたくてわたしも頑張っちゃったんだけど、もう腰がたたなくて、、ふふふ、だからわたし今日、会社休んじゃった。」

うふふと肩を竦めた佳つ乃は、奏に愛され選ばれた女としての自信に満ち溢れている。

「奏が、今日はゆっくり休めなんて言ってくれたんだけど、、、でも、やっぱりふうこちゃんのことが気になって、奏もすごく反省しているのよ。自己嫌悪にまで陥ってしまったてたみたいだから、せめてわたしが何とかしないとって、、、ごめんなさいね、奏を許してあげてね?ああみえて、奏は優しい人だから、、、」

佳つ乃の唇はにっこりと笑った。けれど、マスカラを丁寧に塗られた睫毛から見える瞳は決して笑っていなかった。風子相手に挑むような激しい対抗の光が燃えているように見えた。これは風子を責めているのだ。二度と、奏の情けにすがるようなことをするなと言っているのだ。奏が優しいことなんて、佳つ乃に言われなくたって風子が一番知っていることなのに。

「す、、すみませんでした、、」、
「いえ、別にね、、ふふ、謝ってほしいわけじゃないの。奏だって、本気でふうこちゃんみたいなのをねえ、、?」

佳つ乃は、風子の頭の天辺から座ってる腰あたりをあからさまにじろじろ見て、またクスリと笑う。いたたまれない。体がぶるぶると震えていた。

「わたし、、、帰ります、、、」

おどおどとして、風子はその場から立ち去ろうと立ち上がる。

「ねえ、ふうこちゃんこれ以上奏の優しさを利用するのやめてね!あなたから断って頂戴、毎週金曜日のソフトの勉強も!当分、いえ、ずっと奏の前に現れないで!」

風子の背中に、先ほどとはがらりと違った佳つ乃の冷たい声が浴びせられた。ビクンとなって体がすくんだ。小さな声で何度も何度もごめんなさいと声にだした。それが佳つ乃のイライラを益々募らせるのか、佳つ乃は感情をますますぶつけてきた。

「アンタみたいな太った女、奏が本気で相手にするわけないのよ!覚えておきなさい!人の男、取っておいて、汚らわしい!」

///ガッタン///  ///ガシャン///

「ひっ、、」

風子の後ろから、顔すれすれに何かが飛んできて、それはドアに思いっきりあたって、風子の足元に無残に落下した。カラオケのリモコンだった。

「待ちなさいよ?アンタ、逃げるの?そんなぶよぶよとした醜い裸、よくも奏の前でさらせたわね?わたしなら、死んじゃうわ。そんなもの見せるなんて考えただけで、ぞっとする!」

怖かった。風子は、怖くて逃げ出したかった。けれど、足が竦んで動かない。

「ひっ!」

風子の頭に痛みが走った。風子のふわふわとした髪の毛が、ピンと引っ張られた。

「ちょっと、デブ!アンタ、そんなオドオドとしちゃって、まるでわたしが悪いみたいに、え?アンタが全部悪い癖に、被害者面して、そうやってカワイコぶって奏に泣いて慰めてもらうの?」

狂ったような佳つ乃の形相はすさまじく、力まかせに髪を引っ張っている手も全く緩めなない。ミシミシと音がした。髪の毛が何本も抜け、風子は頭を押さえ抗った。

「や、やめて、、やめて、、、ください、、か、、佳つ乃さ、、ん、」
「何よ、泣きそうな顔しちゃって、泣きたいのはこっちなのよ!アンタは加害者、か、が、い、しゃ、わかる??」

佳つ乃の顔が風子の顔にべったりとはりついた。耳元で大声でどなった。風子は両手で頭を押さえ必死に逃げようとする。けれど、佳つ乃の髪を引っ張る手は一向に放してくれない。

「ご、、ごめんなさい、、、あ、いた、、、しょ、、た、たすけて、、、」

あまりの痛さと恐怖で、風子は目をギュッと閉じた。心の中でショーニィと何度も呼んでいた。

/バタン/

「ふ、風子っ!!」
「えっ」
「あっ!」

いるはずのない男が、部屋の扉を大きくあけて入口を塞ぐ。薄暗い部屋に廊下の明かりが差し込んで、どんな表情をしているのかはわかりにくかったが、スラリとした男の肢体が揺れて肩で息をしていた。
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