餡子の行方

哀れな女の顛末

/バタン/


小見山風子が出て行った。部屋にわたしと奏しかいないことで急に寒くなった気がする。体が何だか震えている。今、わたしの目の前にいる男、、奏は怒りを体中にみなぎらせていて、、怖い。怒りを抑え込もうとしているようで、でも何かのきっかけでそれは爆発しそうにもみえる。初めて奏を怖いと思った。いつもの冷たいくらい冷静な奏じゃない。


「そ、、奏、待って、、、話を聞いて。」
「ツノ、俺たちに話す事なんてあるか?」

冷たい声で吐いて捨てられた。

「ま、待って、、」
「理由はどうあれ、ツノは風子を傷つけようとした。それだけは絶対に許さない。ツノ、許せないんだ!」
「お願い、お願い、話を聞いて、ねえ、お願い!奏!」

何とかして奏の怒りを鎮めなくては、、、でないと奏は一生、わたしの元から去ってしまう。それだけは、絶対に食い止めなきゃ。

「ふうこちゃんが、勝手に誤解して、、、」
「じゃあ、何故、風子の髪の毛を掴んで風子に痛い思いさせた?」

奏の瞳はわたしへの怒りと憎しみが交差しているように見えた。その瞳を見た瞬間、、、もうだめだと思った。

「ご、、ごめんなさい、、、」
「ツノ、、、わるいな。今は、、、今は、ツノがどんなに謝っても俺は許す気にならない。」
「わたしたちの関係ってそんなものなの?こんなことで終わっちゃう友情だったの?」

今は友情にすがろうと、わたしは必死になって奏の腕を掴んだ。

「、、、、わかった、、、、とりあえず、、、座ろう。」

友達という言葉がよかったのか、奏はひとまず落ち着きを取り戻したように見えた。いいわ、、これならば、大丈夫かもしれない。最後のチャンス、、、わたしはこの瞬間にかけることにする。わたしは奏の隣に座ろうとしたけれど、彼は、横の一人掛けの椅子にわたしを促した。

/ミシリ、、、/

奏が座っているソファが、奏が動くたびに音を立てた。

「わたしたち、、18の頃からのつきあいだから、、、もう10年以上もお互いを知り尽くしているわよね?そ、それを、、こんなことで、たった一度のことで、終わりにしちゃうなんて、、、」

わたしたちの間には、たくさん楽しい思い出があったはず。奏にはそれを思い出してほしかった。たとえ友達というラインを超えることが出来なかったけれど、男と女の関係ではないからこそ、ドロドロとした空気もなくて、本当の学び舎の友としての思い出が数限りなくあるもの。

「ほら、覚えてる?菅原教授のこと。いつも足をすって歩いてて、棺桶引きずってる音じゃないって、よく腹を抱えて笑ったわよね?」

奏は瞳を細めた。ね?なつかしいでしょ?わたしたちには毎日を積み立ててきた共通の思い出があるのよ。いくら幼馴染だといったて、小見山風子なんて、19年間もずっと会ってなかったじゃない!

「千鳥ヶ淵の桜、覚えてる?講義をこっそりと抜けだして見に行ったとき、本当に美しかったわよね?千鳥ヶ淵が薄桃色に染まったあの見事な景色、、、あれは?あれは、覚えてる?奏のもらったバレンタインデーのチョコと、わたしがホワイトデーにもらったプレゼントの数と、どちらが多いか賭けをしたり、、、試験のヤマカケや、、、、ね、奏、思い出してよ、楽しかったでしょ?」

みっともない、、、何をこんなに必死に、、、でも、今、奏に突き放されたら、、、

「ツノ、、、お前の言う通り、俺たちの付き合いは長いから、、、お前のその見た目で男たちが寄ってくることも知ってたし、お前がそれをいいように利用していた女だってことも知ってたし、、、だけど、俺には、ツノ、お前は居心地がよかったよ。女性だってことを意識しないで済んだし、頭がいいツノと色々議論を交わすのも面白かった。気負わず、意識もしないで、気軽に話し合える、こんな異性は今ままでいなかったし」
「、、、、、」

意識もせず、、、気負わず、、、何よ、それ、、、一度もわたしを女として意識しなかったっていうの?このわたしにそんなことを言うなんて?

「ツノはかっこよかったよ。悪い女だって言われてても、俺にはそんなこと関係なかったし、お前はお前らしく颯爽と生きていて、、見ていて小気味よかった。そのシタタカさも、計算高さも、あまりにもわかり易くて潔かった、、、俺を男だってことを意識しないように見えたから、一緒にいて楽だった。」
「じゃあ、一度も、ただの一度もわたしを女だって意識しなかったって言うの?」

もう我慢が出来なかった。気が付いたら、わたしは声を荒げていた。こんなにムキになってるなんて、、、だって、奏がわたしのプライドを打ち砕くようなことを言うから、、、

「ああ。意識なんてしたことがなかった、、それよりも俺と対等なツノといる方が居心地がよかったよ。」

うそでしょ?世の中にそんな男がいるなんて、、、わたしを女として意識してなかったなんて、、

「だが、、ツノが矢島と別れた頃くらいから、、何となく、、お前は俺と違うのかなって、、」
「どういう意味?」
「俺は、出来ればずっとツノとは友達、、いや同志でいたかったよ。」
「え?同志、、、」
「なんとなく、お前と俺との間にある、なんだかわからない違和感が生まれたような気がして、、、ツノが俺を男と意識してるって、、」



『奏、、、あのね、、、、わたしのこと抱いて、、くれる?』

あのとき矢島を利用した。

『何だか、、自信がないの、、矢島君に、、その、、、セックスのことでなじられちゃって、、、わたしってそんなに魅力ないかしら?』

女としての武器を精一杯使ったのに、、

『こんなこと、恥ずかしくて誰にも言えないんだもの。奏だったら親友だし、、きっと、、、抱いてくれるだけでいいから、、わたしに自信を持たせて?』

ここまでわたしに言わせておいて、普通の男ならすぐにでもわたしを抱いたはず。

『お願い、、、、、』



だけど奏には通じなかった。矢島になじられたと言わんばかりに、奏の同情を買おうとした。だけど、奏は誘惑にのってこなかった、、、わたしはあのとき、まだ実は熟してないとばかり思ってた。だって、奏はきっと胸の奥底へわたしへの気持ちを押し殺しているって、、わたし、、そう思ってたもの。まだ自分の気持ちに気が付いてないだけって、、違ってた?奏は最初から、わたしと男と女になるつもりはなかったってこと?

「 だから、会社に入ってからは、俺は、距離を置くようにしたんだ、、、それは気がついていた、、だろ?」

入社して、奏は女遊びが目に見えて激しくなった。時には、何処へ行ったとか何を食べたとか、そんなことまでわざわざ話していたり、、あれがどんなに辛いことだったのか、悔しくてハラワタが煮えくりかえりそうだったもの、、、それでもわたしがまだ前を歩いて笑っていけたのも、奏の本気の女は一人も現れなかったこと。

「ええ、奏は手あたり次第、受付の子やら秘書課やら、外部との合コンとか、華やかにつきあってたわよね?」
「、、、、」
「でも、いつだって、遊びだったじゃない?さやのときだって、、、」
「さ、、や? ああ、栗原さ、、ん?」

ちょっと、嘘でしょう?つきあってたさやのこと、彼の記憶からすでに消えてたってこと?一瞬、思わず、一瞬だけど、あのデブ女、さやに同情を覚えた。

「そうよ、さやだって、わたしの友達なのに、付き合い始めて、わたしがどんなにきつかったか?」
「けど、、ツノ、、、栗原さんのこと、ずっと見下してたよな?」

ばれてた。奏は知っていた。

「オミトオシね?何でもわたしのことは。」
「ツノが言った通り、俺たちは、それくらい長く付き合ってるってことだよ。ツノの考えてることは、なんとなくわかる。ツノはさ、すごく自信家で己を卑下したりしなかったから、話してて面白かった。嫌いじゃなかったよ、その打算的なところも計算高いところも。その強さは、かっこいいとさえ思ってた。」
「そういう奏だって計算づくしでしょ?わたしたち似たもの同士よ。わかりあえるんだもの。ね、だから、、」
「そうだな、似てるかもな?だから同志だって言ったんだ。」
「それなら、奏?」
「けれど、それが風子に被害が被るとならえば話は別だ、ツノ。」

「どういう、、、こと?本気ってこと?」

「俺は、、、ずっと妹だと思ってた。4,5歳のときに別れた風子のことはよく思い出していたけれど、、、だけど、それはずっとかわいい妹だと、そう思ってた。時折、遠くで見かける風子に癒されて、、、アイツはまっすぐにちゃんと育ってて、、ああ、俺の世界とは違うんだって、、」
「ね?そうよ!あの女、い、いえ、ふうこちゃんは、幼なすぎて奏には退屈よ。 じきわかるわ。そのうち飽きて捨てるのよ、さやと一緒。そうなれば、ふうこちゃんをもっと傷つけてしまう。」

『ふうこをきずつける、、、』その言葉に初めて奏がたじろいだ。勝てる!このまま押していけば、、まだ、きっと大丈夫だ。

「ね、お願い、、似た者同士、ね?あんないたいけない子を傷つけるなんて、、、」

わたしは、椅子から立ち上がって、奏の座っている前に跪く。下から奏を見上げた。わたしの一番の武器。そこから、ゆっくりと奏のズボンに手をかけた。

/カチャカチャカチャ/

「ツ、ツノっ?!」

ベルトを緩め、ジッパーをおろす。まだ、元気ではないけれど、奏ものものは少しもりあがっていてインナーからでもわかった。両手で優しく掬ってやる。

「ツノッ?!」
「楽しみましょう?ね?奏。」

舌をチロリと出して、はしたなくも舌なめずりをしてしまった。だって、これから起きることを考えるだけで、、、濡れてくる。

/ガシリ。/

奏の大きな手がわたしの腕を掴んだ。

「ツノ、、、無理だ。」
「大丈夫、わたしが勃たたせてあげる。ふふふ。わたし、こうみえて、舌使い、、上手いのよ?」

胸がドキドキした。体中の血が、もう我慢できないように騒ぎ始めている。ああ、奏がほしい。

「ふっ、それは疑わねえよ。」
「え?」
「お前の見てくれや、その色香(いろか)、男なら誰だって勃つだろう?」
「奏、、も?」
「ああ、俺はそんなに身持ちよくないし、、、お前の中に入りたくてウズウズするだろう。」

妙に汚い言葉でわたしを挑発しているんだわ。言葉とはウラハラに、未だ、奏のものは萎えていて、でも、きっとわたしのテクなら奏だって満足するはず。ううん、きっとわたしを放せなくなるはずよ!

「今までの女たちみたいでっていうんなら、俺は別にいいよ?」
「え?」
「風子の代わりに、お前を抱いて、風子を思い出して、お前をイカせて、風子を、、」
「ちょっとやめてよ!あんな女と一緒にしないで!」
「しかたがないだろ。俺には風子が一番なんだから。」
「、、、、、」
「俺は、ツノのお陰で気が付いたんだ。あの再会の夜、車の中でペラペラと喋るツノと、、、口数少なかったけれど、アイツのコロコロと変わる豊かな表情、、、俺はずっとずっと、風子の、この純粋で柔らかな空気を求めてたって。」
「え?」
「風子がふくれると、もっと虐めてやりたいし、、けれど、幹大や他のやつらがやることは許せなかったし、アイツが笑えば、、なんかくすぐったくって、、、泣くと、、、もうたまらなくなる、、、」

やめてよ、奏!そんな甘い優しい顔、、、なんて顔をしているの?

「何、それ?あの天下のモテ男の台詞じゃないわね?」
「ふ、、、そんなもんだ。どうでもいいやつには、どうでもいい態度しか取れないし。」

奏はゆっくりソファーから立ち上がった。

/カチャカチャ、、/

頭の上で金属の音がして、彼がシャツを入れ直している。わたしは床に座ったまま、彼を見上げていた。だけど、、諦めきれない、、こんないい男がわたしのことを女と意識してないって、、


「ねえ、そんなにふうこちゃん、、セックスよかった?」


ついそんな言葉が口からでてしまった。すると奏がわたしの瞳をじっと射すくめた。

「ツノ、、、これが最後のチャンスだけど?」
「え?」
「寝るっていうなら、別にかまわないよ。ホテルに行こうぜ。」
「え、、」
「お前をめちゃくちゃにしてやるよ。けど、、、」

奏の瞳がすっと細まった。

「3か月?2か月?、いや、1か月も持たねえかもな?ツノとは付き合い長いから、、すぐ飽きてしまうかもしれないし、、、飽きた時点で、ジ・エンド!それでよければ、抱いてやるよ。セックスしよう?」
「な、、何言ってんの?」
「お互い、経験多そうだし、楽しいセックスかもな?一人で抜くより、相手がいるにこしたことないし?」

奏の唇がニヤリと笑った。わたしは床から立ち上がった。目線を少しだけ上に向ける。本当なら完璧なわたしと彼の丁度いい背丈、、、眼鏡の奥の瞳が意地悪そうに光っている。

「それって、わたしにセフレになりさがれって言ってるの?」

「ああ、友達関係は返上で、これからはセフレで行くってのもいいかもな?」
「冗談じゃないわよ!このわたしに、何を言ってんのよ!」

///バッチン!!!///

気がついたら、奏の左頬を思いっきり叩いていた。奏の瞳がゆっくりと細まって、それは優しく笑っているようにみえたのは、気のせい?ううん、彼は知っている。わたしをよく知りすぎている。長い付き合いが仇となるくらい、わたしの性格を知っていた。わたしのプライドが、それを拒むことを、ちゃんと計算ずくで、、、だから、わざと、、あんなふうに、、、

「待って!じゃあ、セフレ、、、でいい。奏に抱かれるだけでいい、、、って、わたしがそう言ったら?」

奏はわたしの腕を掴んで引っ張った。

「じゃ、これからホテルに行けばいい。そのかわり、一晩で飽きるかもしれなかったら、勘弁な?まあ、ツノだって俺に抱かれて、そう思うかもしれないし、、それはお互い様だよな?」

奏は、冗談を言っているわけではない。本当に真剣な目でわたしを睨んでいる。わたしが望めばわたしを抱くだろう。けれど、飽きたら、今までの女みたいな扱いをされる。関係が終わった後は何もなかったように冷たい視線を向けられる。奏と付き合った女たちとの関係をずっと見てきたわたしが一番知っていること。わたしが蔑んでいたさやと同じところまで降りてこいっていうわけ?それでも抱いてほしいなんてこと、わたしが言うと思う?お手上げだ、、この男は完全にわたしを知っている。それでもいいなんて、、口が裂けても言わないことをこの男は知っているのよ。ずるい男、、でも、わたしの愛しい男、、、、

「あの醜い、、、小見山風子なら飽きないって、絶対的な自信があるっていうの?」

奏の唇が歪んで見えた。

「そんなことよりも、アイツが、、俺の手から逃げていくほうが怖くてたまんないよ。」
「、、、、、、」
「ツノが、、、あのとき、妊娠のことを口にしたとき、、、、俺は、、、出来れば風子がそうなればいいとさえ思ったよ。妊娠してしまえば、、、堂々と俺はあいつを捕まえておけるって、、、、」

何、、それ?奏が、、そんなこと思うなんて、、、ありえない、、、奏の心は、もうわたしにはない。ううん、最初からわたしには何もなかった、、、

「もう、、行って、、、何しているのよ、、、もうわたしに、惨めな思いさせないで、、、早く、出てって!!」

気がついたら、ヒステリックな声が出ていた。今までこんな自分、奏の前では絶対に見せなかった。だけど、もう関係ない。本性を見られたってもうかまいやしないわ!

「きっと、いつか後悔する日が来るわ、奏、わたしを振ったこと、きっと後悔するわよ!」

奏は、何も答えないで、、、すぐに出口へと足を向けて、、、そしてわたしに振り返った。

「俺よりいい男なんて、、、たくさんいるから、、ツノ。」

え?何よ、それ?勝手なことばっか言ってんじゃないわよ!って思わず反論してやろうと思ったのに、、

「なんて俺が言うかよ!じゃあな。」

彼の後ろでにドアが閉まった。

奏が初めて、、、初めて、、、わたしにそんな口をきいた。それは、あの子豚とのやり取りのような親しげな口調、、、、初めて彼がわたしに心を開いたその瞬間、、、わたしがずっと隠していた本性を出し切ったときに、彼の心の扉が開いた。だけどなんて皮肉な話?奏との長い年月、わたしは自分の奥底を隠してつきあって他の人たちよりは遥かに近くにいられたけれど、、、でも奏はいつでも線を引いて、わたしからも微妙な距離を取っていた。それを感じたのは小見山風子に会ってから。あの子豚が目の前に出てくるまで、わたしは誰よりも奏の一番近い距離にいると得意気だった。だけど、あの子豚にみせるような親しげな柔らかな奏は、わたしの前では絶対に見せてくれなかった。それなのに、、今になって、最後になって、、本当のわたしたちの最後に、、、奏が扉をあけてわたしを招きいれてくれた気がする、、、皮肉だわ、、、全てが終わってしまってからそれに気がつくなんて、

「やだ、、、何、これ?」

頬に伝うもの、、、、わたしらしくもないったら、、、なんで泣いてるの?なんで涙が出るの?
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