餡子の行方

昔、チビ助二人組 2.

「まあ、だから、ショーニィもボストンで暮らした当時は、日本に帰りたかったんだと思う。」

幹大の声がしんみりとなった。

「けど、ショーニィ、泣き言ひとつ言わなかったし、後からおふくろたちに聞いたんだけど、当時、日本のことを一切言わなくなったんだって。だからおふくろたちもショーニィなりに苦労しているんだと悟ったらしい。きっと日本のことやプー子たちのことを口に出したら最後、里心ついちゃって心がポッキリ折れちゃって戦えなくなっちゃうんだろうって、おふくろは胸が痛かったって、、、今でもそのことを思い出すとおふくろ、涙ぐむんだぜ。」

奏のアメリカでの日々は、かなり壮絶だったのだ。

「それで、俺も段々プー子たちのことは言っちゃいけないんだろうなあ、って思ってアメリカにいるときは口に出さなかった。」

風子はまた油断すると涙がでてきそうだったから、ただ、うんうんと頭を振って頷いた。

「けど、さすがなんだよな。そのうち1年もたたないうちに、ショーニィは、クラスでも存在感を見せ付け、結局みんなを圧倒させちゃった、結構な人気者になって、ハイスクールに入ってからは、上級生からプロムの相手に何度も誘われるくらい、すっげええモテ男でさ、、、」

風子は、ああ、やっぱりなあ、と誇らしげな気持ちと同時に、どこでもモテル奏を想像して、少しだけへこむ。

「その上、俺と違って頭も超いいから、優秀でさ、」

うんうん、と風子は再び大きく頭を縦に振った。

「チッ!そこだけやけにブンブン頷きやがって!」
「へへへ。」

風子はふにゃりと笑った。幹大が笑顔を向ける。

「まあ、いいや、、、だから、親父が会社からの帰国命令がでたときも、ショーニィだけは残ってボストン大学へ行けって先生方とか説得にきて、、けどショーニィは俺たちと帰国することを望んだんだぜ。もったいないなあ。」

少しだけ悔しそうな幹大の声だった。

「幹大はアメリカに残りたかったの?」
「ん?いや、俺、アメフトやってるから、、、ショーニィみたいに頭よかったら、アメフトやるためにアメリカに残りたかったんだよなあ。けど、俺、勉強カラッキシだし、、、」

大きなナリをして、頭をガシガシかく幹大は、なんとも愛嬌があってかわいらしくみえないこともないが、だが、奏には遠く及ばない。天は二物も三物も奏に与えたもう、、まったく不公平だと風子は思う。

「でさ、広島に戻ってからまもなくの頃、ショーニィがいきなり、、、風子どうしてるかなあ?って言ってさ、、、それから、また懐かしくて昔話に花が咲きだして、、、」
「だったら、どうして連絡してくれなかったの?ひどい!日本に帰ってたんなら電話の一本、手紙とか、、、、」
「だよな?けど、何か俺も両親も、長い間音信不通になっちゃって何となくバツが悪い気がしてさ、、、、けどさ、お前も悪い!」
「へ?」
「お前ソーシャルネットワークとかに入ってないだろ?あれに入っていてくれたら、友達探索で、もっと早めに連絡できたんだぜ!俺、ボストンでも広島でも、お前の名前とか入れて検索したんだけど、全然見つからなくて、、、縁がないのなあ、って諦めてたけど、けど、天は我々を見捨ててなかったああ!」

芝居がかかって大声になった幹大は、周りの人からクスリと笑われ頭をかいた。だが、見ただけでスポーツマンとわかる彼の肉体や、おどけた態度に、周囲の目は好意的だった。幹大は昔からそういう末っ子らしい愛嬌のあるところがある。一人っ子の風子とはケンカ仲間で、憎たらしくて歯がギリギリなったりするけど、その人懐っこい性格に、風子だって幹大を嫌いになれるはずもなかった。

「でさ、俺、実は、プー子に会えた嬉しさで、ショーニィも絶対懐かしいなってくらいに思うとは思ってたけど、よもやあの夜、直行して会いに来るとは思わなかったんだよなあ。」
「え?」
「だって、即効だぜ?俺が打ったメールに返信、【どこだ?何時に終わる?】 って、まったくかわいい弟に愛想のない、たった2行だけだぜ?よっぽど会いたかったんだな。」
「、、、、、」
「で、ちょっと意外。」
「なに?」
「いや、だからさ、プー子のことや日本のことなんかは、ボストン時代、我が家ではショーニィの手前、何となく禁句っているルールが出来ちゃったんだけど、広島に戻ってきてから、誰ともなく、昔の話をするようになってさ、、勿論プー子の面白話がダントツだったけどな?」
「 何よ、失礼ね!」
「 はは、それだけ俺たち家族には、お前はインパクトあるって感じでさ、おふくろなんか女の子がいないから、プー子を娘にほしいってずっと言ってるしさ、」

細面の美人な幹大たちの母親を思い出した。今となれば、奏は絶対この母親似だと風子は確信する。そして幼い風子に、いつも彼女が言っていた言葉を思い出した。



『ふうちゃん、大きくなったら奏か幹大のおヨメさんになってね?』

そのときは世の中のスイも苦さも切なさも知らなかった風子は、大きな瞳をクリクリとさせて、大きな声でお返事をする。

『うん、おばちゃん、あんね、ふうちゃんね、ショーニーのおヨメしゃんね!』

マルマルと太った幼子の元気の良いお返事は大人の心にじんと響く。幹大たちの母親はその声を聞いていつも優しく笑ってくれた。


「あははは、おばさん、言ってた!言ってた!」
「だろ?今でも言うんだぜ?俺らが広島にいたとき、ボストン時代に言えなかった空白を埋めるように、もう会いたいわ、でもご無沙汰してるから敷居が高いわって、、だから、今回お前と会ったこと、あの夜即おふくろにラインしたら、すっげええ、わけのわかんないスタンプよこした。笑ったわ、ハハハハ。」

風子の胸に嬉しさが込み上げる。風子が忘れなかった人たちは、向こうも風子を忘れずにいてくれた。長い間止まっていた大きな時計が、ゆっくりとまた動きだした、そんな感じだった。

「そうか、うちも同じ。お母さんもお父さんもすごく喜んでるよ。広島の電話番号聞かなかったから、じゃ、後でおばさんの電話番号教えてね。すっごくお母さんに責められたんだもん。」

あの夜風子を自宅まで送ってくれた奏は、帰ってから幹大にどう話したのだろう?往生際の悪い風子の頭を占めること、、佳つ乃とはどんな関係なのだろうか?それに先ほど言った幹大の謎の言葉も気になる。風子が奏の送ってもらったときの話をしていたとき、、

『だけど、ジョーニィ、ちっとも懐かしそうじゃなかった。』
『え?』
『この間送ってもらった時、、』
『んなわけねえだろ? よく俺等、プー子のことやおばさんたちや、どうしてるんだろうとか、話してたんだぜ?あっ?』


あの “あっ” の続きは、一体何だったのか。幹大と話しているついつい脱線してしまう。それに、広島時代は置いといても、奏が東京に来てからもう10年近くで、その間、何故奏は風子に一度も連絡をよこさなかったのだろう。結局肝心の幹大が何かをいいかけた『あっ』という言葉に続く話を聞けてないような気がするのだが、、、、だが、幹大はいよいよ、今日、風子に会いたかった一番の用件を切り出した。

「ねえ俺のことどう思う?」
「え?」
「俺ってどうなんだろう?」

ハナの天辺をぽりぽりとかいている幹大はどうやら照れているらしい。この仕草ががっしりとした大男から繰り出されると、筋肉フェチな女子からは、かわいいなんて胸キュンする場合もあるだろう。だが、相手は幼馴染だ、風子はそんなことでは誤魔化されない。

「どうって、、何を言えばいいの?」

何年ぶりに会っても幼馴染は幼馴染、言いたいこともズバズバと言えるわけで、だから、風子には珍しく単刀直入に聞いていた。

「三ツ矢さん、、、俺のこと、、あれから何か言ってた?」
「へ?ミッツ?」
「うん。」

モジモジと机にのノ字でも書きそうに、幹大は恥ずかしそうにテーブルを見つめた。驚いたのは風子のほうで、思わず頼んでおいた中ジョッキのビールを親父よろしく、グビリとあおった。

「幹大、ミッツの、、ことが?」

のノ字を書いていそうな大男は、コクリと頬を染めた。さすがに純情スポーツバカだ。だが、幹大の風貌や性格、ましてやスポーツをしている要素から女にもてないはずがない。奏が秀でて美しいから幹大は3の線だが、実は幹大だって、世間ではそこそこのもの。

「俺、生まれて初めて、持ってかれた、、、ここ、、、」

恋する乙女のごとく、だが手だけはバカでかい、そんなでっかい手の平をバスンと胸元に置いた。

「で、寝ても冷めても、、三ツ矢さんのこと考えちゃってさ、、、お前がショーニィに連れて行かれてから、俺、ちょっと三ツ矢さんと喋ったりしたんだ。番号も交換したんだけど、、、、で、、何か言ってた?俺のこと?あれから..」

ミッツと番号を交換していたくせに、風子に聞いてくるあたり、幹大も風子と同じで臆病風に吹かれているらしい。だからミッツに連絡出来ないのだろう。ましてや、ミッツから連絡があろうはずもなかった。合コンの翌週、風子は確かにミッツに息もつけないくらいの質問攻めにあったが、それはほとんど風子と奏の話に終始していた。ときどきミッツが幹大の名前を出したとしても、

『近衛君が言うには、近衛兄このえあにって大学はこっちのアインシュタイン大学で、、』
とか、
『近衛君が言ってたけど、近衛兄は、実にモテルって、』
『近衛君の言葉を借りれば、近衛兄は、言葉知らずの天然ジゴロだとか、、』

とまあ、こんな感じで、奏の情報元を明らかにする為の枕詞として、近衛君がいうには、と言う風にミッツの口にのぼる幹大の名前。だが、実際ミッツが幹大をどう思っていたのかなどとは全く不明いや未知数の話だ。

「えっと、、、、」

風子は一応、瞳をうんと上に向けて天井を見ながらしばし考える。たとえ憎たらしいことはあっても、所詮は愛すべき幼馴染だ。そこは、一応言葉を選んでみたほうが幹大への優しさだ。だが、風子の沈黙は、幹大に絶望を知らしめた。

「ええええ?!マジか?嘘だろっ?」

テーブルにガタンと突っ伏した。筋肉に覆われた鋼の腕が、エメラルドグリーンのポロシャツの半そでからがっしりとはみ出ていて、その上に顔を置いてくぐもった声で恨めしそうな声をだす。

「俺、、、こうみえても、意外と女に不自由してなくて、、ショーニィほどじゃなくてもモテんじゃね?何て思ってたけど、、それもこれも俺の勝手な妄想だったのかああっ?!」

いや、勝手な妄想では決してないだろう。多分、あの夜、幹大は風子の指名ホストみたいな感じでずっと傍にいたが、他の合コンメンバー女子 =黒葛原逸美以外= から、後日幹大についての質問があったのは事実。けれど肝心の幹大はミッツ狙いだったのか、、、そして今風子の目の前で、まるで失恋決定!とでもいうように情けない声を出している。

風子がミッツと仲良くなってわかったことは、彼女は遊び人とか尻軽女とか、、に大概見られるようだが、本当のところは全然違う。聡明で実に観察眼があり、思慮深い。空気も読めるし状況判断もピカ一だ。どんなに社内のイケメンたちに言い寄られても、その男たちがミッツの外見だけに群がってきたり、単なる体目当てだとわかれば、彼女はハナも引っ掛けない。その代わり、彼女が好きになったら全身全霊で獲物を狙いに行くだろう。そんな姿は、風子が知り合ってからはいまだお目にかかってはいないが、ミッツの性格からしてそうに違いないと風子は確信している。そして意外に人情肌で、母性に満ち溢れているのも、風子の接し方でわかること。

「あのね、、幹大、ミッツはね、外見は派手で美人だけど、、」
「外見じゃねえよ。まっ、確かに最初、風子の隣にいる三ツ矢さんに目が釘付けで、目立つしすっげえ美人だし、おっぱいもでかいし、」

おい!やっぱみてんじゃないの!?と風子の心の突っ込み

「けど、あの人、面倒見よさそうで優しい人じゃん?」
「え?」
「風子の接し方でわかるさ。好きなヒトにはとことん尽くすんだろうなあ、って、、それでいて、物事はしっかりと白黒つけて、間違ってることには、はっきり言うし、、、」

幹大はちゃんとミッツの人となりをみていたのだ。風子は嬉しくなった。だってミッツは言わないけれど、かなり会社の男たちに辟易している感がある。うわべだけで付き合おうとする男ばかりが周りにたかってくるからぴしゃりと断れば、男たちは己を省みず、アイツはナマイキだの、お高くとまってやがるだの、そんな陰口を叩かれる。風子は憤慨してそんな男たちに何か言ってやりたいが、ミッツが、エネルギーを消費するにも価値のない男だと逆に諭され、悔しさを飲み込んでいるのだ。だから、幹大の言葉は風子をおおいに感激させた。

「アンタ、さすが、わたしの幼馴染だよ!」
「へ?」
「任しといて!幹大!わたし応援する!」

目の前のチーズを嬉しそうに頬張りながらむしゃむしゃと食べている。幹大の一生を左右する =それは多少誇大表現か?= そんな大切ごとのまえで、食欲大発動中の風子に太鼓判を押されても、真剣味に欠けて、なんとなく頼りになるのかどうか怪しいものだが、、、それでも風子のキラキラ光る瞳は水面みなものように澄んでいて、まるで子犬のような真ん丸いその瞳に、頼ってみようかと幹大は、ジョッキを手にした。

「じゃ、乾杯!幼馴染の名にかけて!」
「うん。幹大!幼馴染の名にかけて!」

こうして二人の密かな取り決めが交わされた。
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