シークの涙

60.

ジョセフ リドリーが屋敷を後にしたその夜、モーセはハナを書斎に呼んだ。

『俺はお前を娶る。』
<、、、、>

信じられない言葉は、モーセの愛の告白だけではなかった。モーセはハナを妻にする、そう断言した。勿論ハナに異存はなかったけれど、モーセに愛されている自信もなければ確信もない。彼の真の思いなど理解することも出来ず、ただ、黙って彼の言葉を聞くよりほかなかった。

『愛する者は、絶対に誰のものにも手をふれさせない!だからお前は、一生俺の傍にいるのだ。』

ハナは生まれてこのかた、こんなに強く自分を求めてくれる人がいることを知った。たとえそれが彼のシーク故の独占欲でも構わなかったし、一時的な戯れだとしても仕方がないと思っていた。大切なのは、ハナが紛れもなくモーセを愛しているということ。そして、モーセが言ってくれた、俺を信じろ、その言葉だけで十分だった。なのに、この男は、

――― 愛している

そんな言葉をハナにくれた。自分のような人間には過分な言葉だ。ずっと一人ぼっちだったハナは愛情をかけられることに慣れていなかった。そしてまた、ハナにはその言葉を受け入れる自信もない。こんなたくましく雄々しい男が、なぜ、よりによってハナを愛してくれるのだろう。けれど、ハナはそれをもう深くは考えないことにした。きっと時がたてば答えがみつかってくるだろう、いつかは答えがみつかる、そう決めた。今は、自分の心のままに、生きてみようと思っている。昔から、手を伸ばして欲しかったものを、手の平からわざと零れ落としていった。ずっとずっとほしかったもの、けれど、失う怖さを知っていたから、はじめっから諦めて手を引っ込めていたけれど、、、手を伸ばす勇気をモーセがくれて、だから、もう迷わない。

『ハナ、結婚するという意味、わかっているのか?』

数式問題を出すように、無表情のままモーセはハナに答えを求めた。ハナの瞳が上を向き、モーセの答えを探し始めた。モーセは時間の無駄と言わんばかりにズバリと言い放つ。

『男と女という意味だ。』

奥手だけれど、21歳だ。経験はなかったが、男女のそれについては勿論知っている。ススんだ友達などは、すでに経験済みだったし、興味ももたげて、四方山話に首を突っ込んだこともある。

『お前は処女だろう。』

いきなりモーセが当たり前のように言ってのけた。確かにそうだ。だが、あれだけモーセは女と浮名を流し、それでいて妻にはやはり処女を欲するのだろうか。ハナは何だか裏切られたような気持ちになった。下を向いて唇を噛んだ。

/クイッ/

すぐ顎の下をすくいあげられ、モーセの瞳に向かされる。

『俺の目を見ろ。お前は処女だろう。』

ハナは面白くなさそうにプイとすこしだけふて腐れ、横を向いた。そして微かに首を縦に振った。

『ならば時間がかかる。』
<え?>

予想しないモーセの言葉。いや、それよりも意味がわからなかった。何の時間だろう。きょとんとしているハナに、モーセが少し動揺した顔つきになった。まさかと言わんばかりに瞳を広げ、長い指先を口元にあて、真剣な顔つきで考え込んだ。

『まさか?』

思わずモーセから驚きの声が漏れ、ハナが無邪気にモーセの顔を覗き込んだ。

『まさかと思うが、ハナ、お前は、何も知らないわけではない、、だろう、、?』

よほどモーセは驚いているようで、珍しく自信なさげな声音に変わった。

『セックス、、、言葉は聞いたことが、、あるのか?』

ハナは真っ赤になった。先ほどからモーセの不可思議な言葉は、まるでハナがあまりに無知であるかのように思っているらしい。男と女の営み自体の経験はないとしても、男と女の営みがどうやって進んでいくのかという知識は当然持っているのだ。それを何ということを問うのだろうか。つまりモーセはハナが処女であるのか否かというバージニティを問題視していると同時に、ハナにその知識があるのかということに疑問を投げかけているのだ。何という男だ!ハナは怒りで体が震える。怒りのためか、ハナの瞳がメラメラと燃えているようで、その漆黒は深く濃くなっていた。ハナの眉尻がきっとあがりモーセを睨みつけた。怒りなのか、羞恥なのか、顔がますます真っ赤に燃え染まり、頭から煙がでそうな勢いだ。瞳が濡れている。そんな瞳が、たとえ睨んでいるとしてもモーセに注がれる。心を持っていかれる。モーセの瞳に情熱が宿った。

『そんな目をするな。』

シークという部族の長で、どの人間も彼の前では頭を垂れる。だから、ハナのような反抗的な態度には、おそらく慣れてないのだろう、とハナは当て推量をする。こんな風に馬鹿にされては、さすがのハナもその怒りを納めるわけにはいかなった。尚も彼女の瞳がギラギラとモーセを睨んだ。すると彼はひらりと長い指先で、ハナの顎先をくいっと上にあげ、そのまま噛みつくように唇を奪った。

<え、、、>

モーセにしては余裕のない、少しばかり衝動的な行動だ。だが、ハナは思いもかけないモーセの攻撃に瞳は見開かれ体が固まった。モーセの唇がほんの少し離れ、息がかかる。

『力を抜きなさい。』

ハナが息を継いだ瞬間、また覆われた。

<あ、、、>

もうだめだった。次の瞬間ハナはもうすべてが真っ白になり思考回路が遮断された。ハナが抵抗しないとわかると、モーセの唇は親密度を増していった。いささか官能的な口づけで、気が付けばハナの口内にはモーセの舌が入り込んでいた。

<え、、、>

巧みなキスに成すすべもなかった。ハナは自分の舌がせめてモーセのそれに捕まらないようにひたすら逃げるしかなかったが、そんな抵抗もむなしく、すぐにモーセの舌がからまってきた。激しさを増していく深い口づけに、ハナは息苦しくなり頭がぼおっとなった。

<ううっ>

思わずハナの吐息が漏れた。気が付けばモーセの唇がハナの首筋を愛撫している。くすぐったくなり体をひねるが、やがてその感じがただのこそばゆい感覚ではく、何かとてつもなく底なしの怖さに変わっていく。モーセの愛撫は実に手慣れたもので、ハナの知らない悦びへと誘っていくようだ。彼の片方の腕はハナを逃がさないように背中でしっかりと支え、体を密着させる。もう片方の手と唇で、ハナの鎖骨と胸を優しく愛でる。ハナの小さな胸の中心を、モーセの長い指先が刺激を与えれば、自分の乳首が痛いほど反応していることを感じ始めていた。

<あ、あ、、>

言葉にならない声を出す。下半身がきゅんと縮まったような疼きを感じる。そして、、、ハナは下腹部に何か固いものがあたっていることを知る。それがモーセの欲情だということは明らかだった。

<あ、、>

だが、初めてのことだったから、ハナは怖気づいて腰を引いた。その様子を感じ取ったモーセは、ハナから体をゆっくり離した。

『こういうことだ。』

低い声がハナの体を刺激して、まるで電気が駆け抜けていくような感覚に襲われた。モーセはハナの様子をじっくり観察でもするようにじっと視線をはずさず、ただ、その美しい唇の端をにやりとあげた。

『お前がわたしを欲情させるからだ。』

首元まで真っ赤にしたハナは、伝えるべき事が見つからない。

『よいか? お前は経験がない。だから準備が必要なのだ。わたしを受け入れることはお前の体ではきついであろう。』
<、、、、>
『わたしはペルーシア王国生まれだが、女のバージニティには興味がない。だからお前が経験があればすぐにもこの手で抱く。けれど、処女のお前には、おそらく無理だ。経験もないところへきて、いきなりというのは、、、、』

熱に浮かされているように体が火照り、ハナは自分の顔が熱くてたまらない。これから起こることを少しでも想像しただけで、恥ずかしくて真っ赤になって、顔をあげられなかった。

『どうやら、わたしのは、大きくて長いからな。』

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